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陰気なサーカス

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やっぱり同人業界は危ういなって話

はじめに


 前々から愚痴っていたけれど、同人に商業的な要素が持ち込まれることに違和感があって、何とも形容しがたいモヤモヤとした不信感、焦燥感のような物を抱いていた。
 本記事は、そのモヤモヤした気持ちを言語化して整理することを目的に書かれている。この記事を読んだ奇特な方が居るなら、一緒に考えてみてくれると非常に嬉しい。


「社会規範」と「市場規範」


 先ず、この記事において軸となる「社会規範」と「市場規範」という二つの言葉についてお話する。
 「社会規範」とは助け合いや共同体的なつながりによるものの事。人間の性善説的な側面と云うとやや皮肉に聞こえるけれど、困っている人が居たら助ける、といった人間の原始的な、ウェットな部分に根差した行動を指している。

 対して「市場規範」は等価交換、金銭的なやり取りの事である。物やサービスを得るには金を払わなくてはいけないし、労働には対価として給料が支払われなくてはいけない。要するに、人間のドライな部分に根差した行動を指している。

 我々人間はこの二つの規範が共存した世界で生きている。
 家族や友人に何かを頼まれたら(例えば「貴方の近くにある~を取ってくれ」「荷物が重いから少し運ぶのを手伝ってくれ」なんて云われたら)、まあ普通は気持ちよくやってあげるだろう。大した労力じゃない。他人を思いやる気持ち、社会性や共同体の必要性に基づいた行動することが有るだろう。もしも先に示した例で「じゃあ金をよこせ」なんて云っていたらまともに生活できないのが分かるはずだ。
 一方で、コンビニで何かを買う時、飲食店で食事をする時、金を払わずに「タダにしてください。お願いしますよ」って頼み込んでも、まあ多分無理でしょう。相手も仕事でやっている以上はそういった横暴は通らない。市場のルールは守らなくてはならないし、普通に生活している以上は守って行動しているはずだ。
 これらの二つの相異なる規範は一日の中で体験、実感できる。そして時にそれらは絡み合っていて、一概にどちらの規範かであると断言できないケースもある。

 また、「社会規範」と「市場規範」には明確なパワーバランスが存在する。
 何となく分かると思うけれど、「市場規範」の方が圧倒的に強力だ。金の力は強い。そして一度「市場規範」に支配されてしまうと、「社会規範」に戻る事は非常に難しい。
 例として、イスラエルの託児所の話が分かりやすかったから挙げておく。

・イスラエルに無料の託児所があった。保育園みたいな感じで、朝仕事に行く前に子供を預け、夕方仕事から帰る時に子供を引き取る。

・子供の引き取りの期限に遅刻する親が多いため、罰金を設けることにした。

・罰金を払えば遅れても良いという認識が広がり、更に遅刻する親が増えた。

・罰金を無くして完全な無料に戻したが、遅刻が減る事はなかった。

 何となく想像して貰えただろうか。
 ボランティアでやっていた事に金が絡んだ瞬間、人の認識は「社会規範」をベースにしたものから、「市場規範」をベースにしたものへ完全に移行してしまう。認識の質が変わると態度、行動も不可逆的に変わっていく。
 逆に、今まで有料だったサービスが無料になるというケースはあまり存在しない。というのも、「市場規範」の方が強固で、コミュニティの防衛本能が強いからである。コンビニで売っていたものがある日突然無料になる事は有り得ない。

 「社会規範」と「市場規範」に善悪はなく、それぞれメリットとデメリットを持っている一長一短の関係にある。しかし間違った場所、つまり「社会規範」的なコミュニティへ「市場規範」を持ち込むと、たちまちコミュニティが崩壊してしまうという事を念頭に置いて欲しい。例えば、家族、友人、恋人等の親しい人間との関係で、いちいち金を請求していたら人間関係が崩壊してしまうのは、容易に想像できるはず。


同人業界の規範


 本題に入る。同人業界、同人活動ってどっちなのって話。
 議論の前に、同人ってそもそも何なのかという事を定義しておきたい。おきたかったのだが、明確な定義を示しているような文献が見当たらなかったので、それっぽいサイトから引用させてもらう。

⑴・同人誌(あるいは同人○○)は、同好の士によって自費出版される発行物である。

⑵営利を主目的とはせず、あくまで発表すること自体が目的である。

⑶「作り手」と「読み手(受け手)」の関係は基本的に対等であり、そこに「お客様」は存在しない。

⑷出版にかかる費用はまず作り手側が負担するが、読み手(受け手)側がその一部を負担するために有償頒布という形を取ることが多い(無償の場合は作り手が全て負担することになる)。

⑸内容については限定されない。オリジナル(一次創作)・パロディ(二次創作)の別や、非エロ(全年齢向け)・エロ(18禁)の別、男性向け・女性向け・両方向けの別、媒体(本、CD、グッズ、etc.)の別などを問わず、全てを包括する概念である。

⑹二次創作に関しては、本来であれば原作権利者の許諾が必要である。無許可で二次著作物を作成し発表した場合は著作権侵害となり、「権利者に訴えられて敗訴した場合は」罪に問われることになる。


(意外と知られていない?「同人」の理念(もしくは建前)と実情 ※長文です(http://ch.nicovideo.jp/caz021/blomaga/ar537227) より引用 2018/9/15閲覧)

 恐らくこんな理解で良いと思う。
 ⑵節によれば、同人活動は非営利であり「社会規範」に基づいたものになるが、⑷節によると、金銭のやり取りがある事から「市場規範」的な側面も持っている事になる。しかしながら、同人活動の原点にに立ち返ると、それはファン同士による交流の場という意味合いが強く、営利的な側面を前面に押し出すことはあまりない。したがって、基本的には同人業界、同人活動というのは「社会規範」と見てよいだろう。


同人を侵す市場規範


 ここまで読んでくれた方はもう何となく分かったと思うが、近年の商業的同人は明確に「市場規範」的である事が問題なのだ。
 有名イラストレータが、その時点で最も流行っているコンテンツの作品を描く。これ自体は、その作品への愛があるなら構わないのだが、節操なく次々に描く題材を変えている人間は先の⑵節、⑶節に反している。
 「需要があるのだから良いじゃないか」では無い。
 先も云ったように同人業界は「社会規範」的なベースに、微量の「市場規範」的なシステムを内包したものである。ここに前面に「市場規範」を押し出したものが入り込むと、コミュニティが崩壊しかねない。

 我々作り手側はまだ良い。多くの作家は「社会規範」的に作品作りに取り組んでいる。
 しかし、受け手=ユーザの認識はそうではない。一度、同人業界を「市場規範」的なものだと認識してしまえば、それはもう変えられないのである。
 作り手とユーザの認識の溝は広がり、衰退していくというシナリオは既に完成している。

 以前書いたこの記事も、おそらく同人業界を「市場規範」的にとらえている「お客様」の発言なのだろう。
参考: 貴方はどう思いますか?ご意見、ご感想あったら下さい

 同人というフィールドは危機的な状況にあるだろう。しかし、同人業界はその性質から非常に閉じていて風通しが悪い。自浄作用は期待できない。そして、一度入ってしまった「市場規範」を排除する事はパワーバランス的にもう出来ない。
 ユーザは何も悪くない。悪いのは同人に「市場規範」を持ち込んだ人間だ。でも、今更「市場規範」を排斥しようとしても不可能だし、意味はないのだ。
 何をどうやっても、取り返しはつかない。幾ら作り手が同人にかける想いや信念を語ったところで、ユーザは胡散臭さを感じるだけで終わるだろうし、作り手の想いの乗った作品を手に取る事もない。ユーザはプロの作った商業誌のクオリティを基準に作品を見るため、同人は純粋にファンの交流、意見交換の場としての機能を果たせないだろう。
 もう終わっているので、何をする事も出来はしない。

 以上が筆者が感じていたモヤモヤした気持ちの正体である。


おわりに


 これは行動心理学、行動経済学に基づいた分析であり、この学問が明確に間違っている事が示せない限りが揺るがないだろう。また、これらの分野は筆者の専門ではないので、建設的な解決策や、何らかの展望を示すことは難しい。
……
 まあ、この問題はユーザにとっては本当に全くもってどうでもいい話である。寧ろ、「社会規範」的に活動する人間が淘汰されれば、同人のフィールドで手に入る作品の質は上がるので、好都合かもしれない。買いもしない、買う気も起きない、名前も知らない作家がスペース取っているだけ邪魔でしょうし。
 既にそれが本来の同人の意味合いを失っているものであることは間違いないが、時代を経て変わっていくものなんていくらでもある。
 同人の「市場規範」化も時代の流れだというのならしょうがない。
 「市場規範」に飲まれて消えていく作家の存在が、その人の作品を買った誰かの心の片隅にあるなら、それは作家冥利に尽きる事だろう。
 筆者も、そう在りたいと思っている。



参考文献
・予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
Dan Ariely (原著), 熊谷 淳子 (翻訳)
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Distorted Torus Fantasyのあとがき

本記事は筆者がC93で頒布した小説、「Distorted Torus Fantasy」のあとがきになります。多少のネタバレを含む予定なので、読後にお読みいただけると良いかと思います。


初めに。
僕は本作品に全くもって満足できていません。正直なところ、作品として値段をつけて販売したことが後悔されるレベルの低クオリティかと思っています。従って、「クソつまんねえな」って思ったそこの貴方、本当に申し訳ございませんでした。再発防止に努めます。
弁明しておくと、本作品は京都秘封終了から冬コミの間の3か月で構想、推敲、執筆まで行った突貫工事みたいなものです。アイデアがnullの状態から作品を構築しているので、本当に3か月で製作した作品になります。所謂手抜き工事。粗悪な中国産。
冬コミに申し込んでしまった以上は作品を作らなくてはいけないという義務感と強迫観念に背中を押され、結果として自らを暗い穴の中に投じてしまいました。体調はズタズタ、クオリティもボロボロ、何も良いことは有りません。得られたものは身を削れば3か月で300Pの作品が作れるんだという事実と、3か月では内容を煮詰めきれないのだという実感でした。


以上、長々と書いたのは言い訳です。
内容に触れていきましょう。

本作品はクトゥルフ神話とは名ばかりの、結局秘封倶楽部の物語。僕が書きたいのは秘封倶楽部のお話で、有り体に言ってしまえば蓮メリちゅっちゅのが書きたいんですね。二人の心理描写がメインになります。
本作では次のような感じ二人を書きました。(プロットノートをそのまま写します)

・宇佐見蓮子……リアリスト。外から見ると機械的で冷酷な異常者。自分の中の理に照らして合理的でないものを感情と云うフィルタを通すことなく排除できる強者とも。
・マエリベリー・ハーン……人並みの人間味を持った健常者。排他的で自己肯定感が非常に弱く、高すぎる感受性や洞察力から疑心暗鬼に囚われる事もある。

蓮子の心情を描写するのが本当にしんどかった。蓮子が嫌いになりそうなくらい難航しました。対して、メリーさんの心情描写してる時が一番楽しいです。今回はメンヘラヘラな成分薄目で乙女成分多めの普通の女の子を意識しました。如何でしょうか。

テーマとして「仮面」と云うのを持ってきたので、割とこれに関連した描写が多めです。
人はみんな”仮面”を被っていて、その裏にある本心が見えない。他人の本心が分からない、理解できないって云うのは人間関係に悩んだことのある人なら一度は考えるんじゃないでしょうかね。普段はそんな事は気にせず、というか気にしていてもしょうがないので自分達も適当な”仮面”を被って生きているでしょう。
でも、一度気になり始めると中々疑心暗鬼から抜け出せない。
もしかしてあの人は自分の事が嫌いなんじゃないか、とかね。思春期の男子中学生的に云うと、あいつ俺の事好きなんじゃね?みたいな、そんな感覚。その感覚は「こうあって欲しい」や「こうあったら嫌だ」の裏返しであったりします。防衛機制で云うと事の「投影」「躁的防衛」。
他人の気持ちは他人の気持ちとしてそこにあるけれど、それをどの様に受け取るかは観測者たる一人称次第だよって事が主張です。濁った感情のフィルタ越しには他人の気持ちを正しくとらえることは難しい。本当に大切なら、曇りない瞳で有るがままのその人をしっかり観測しましょうね、みたいなことが云いたかった。
作中で伝えきれなかった部分かと思うので、此処でべらべら話しときます。

クトゥルフ神話要素はおまけです。
特段語ることも有りません。巻末シナリオは面白いから、暇だったらやってみてください。本当は巻末シナリオをそのまま秘封の二人にプレイさせるのをやろうと思ったのですが、それだと面白みがなく、また僕の主張したいことを上手く盛り込めなかったので、エッセンスを抽出して使用しました。H君、本当に有難う。冬コミ終わった瞬間「ありがとう、売れたよ!」ってLINE飛ばしたよね。

もう一つ、謝罪する事項が有ったのを思い出したので記しときます。
今回第三による文章校正が余り入っていないので、誤字脱字が発生しているかと思います。また、難読漢字や難解な表現も何の断りもなく出てきているかもしれません。その辺はGoogle先生と仲良くしてもらえると良いと思います。

そんなところでしょうか。
冒頭で本作品への不満を書いたわけですが、それでもこれは僕の現在の能力を正確に反映した作品なんですよ。クオリティに不満が有るって云うのは悪くない事だと思います。不満が有る以上は、作品をより良くしようと思えるって事ですから。今後も、この残尿感というか、やりきれな感覚をバネにして、より面白い作品が作れるよう努力を重ねたいですね。


はい、長々とお付き合いいただきありがとうございました。また次回、どこかのイベントでお会いしましょう。
その時は、もっと魅力的な作品を携えている事をお約束します。
重ねて、本作品に触れて頂き、有難う御座いました。



陰気なサーカス 綾辻賽

冬コミの話

300Pオーバーの文庫本を30冊以上手に持っていくのは止めた方が良いぞって云うのが今回の教訓です。肝に銘じましょう。

はい、冬コミが終わりました。簡易的なレポを記しておきます。

今回の同行者は友人のwander君とおっちゃんです。大学のフレンズです。今回は二人なのでフレンズで正しいね。

朝5時起床6時出発。出発して直ぐに「ああ……このクソ思い本、会場搬入にすれば良かった」って後悔の念が顔をのぞかせる。そして体調もイマイチで吐瀉物的な何かを放出しそうだった。
憂鬱な気持ちを抱えたまま大井町で上記のフレンズと合流。割と空いてる電車に乗る。普段はこんなもんじゃないらしい。サクチケって偉大だね。一生サークル側以外でイベントに行くことは無いだろうし、その偉大さを真に実感する瞬間は無いと思うけど。
国際展示場は人が犇めき合ってました。正気の沙汰じゃないよね、あれ。

国際展示場の上りエスカレータにて
wander君「このエレベータのモータは凄い」
僕「ああ、うん」

人が一杯載ってもちゃんと動くモータの偉さに感嘆しました。は?

結構遠いサークルスペースへたどり着き、適当に準備する。早々に準備が終わってクッソ暇になる。
Hearthstorneなどして遊びながら適当に開場を待つ。
途中で己君の俺とお前とアルコールのスペースに遊びに行くも居らず、スペースに戻るとあちらも丁度こちらに来たらしく入れ違いに。急いで再度向こうのスペースへ向かい適当に挨拶などする。己君の友人を紹介に預かったりね。

己君「いやー、興奮して全然寝られなかった」

そのイベントへのモチベーションの高さが羨ましい。僕は憂鬱すぎて早々に爆睡できましたよ。

wander君にお使いを頼んで10時開場。東7地区は遠いので人が訪れるまでに少しラグが有る。
そっからは断続的に人が襲来し、あっという間に目標というか、このくらいしか売れないべって思っていた10冊が売れて驚く。
そも、「秘封俱楽部」で狙えるターゲットは極めて狭く、そこに「クトゥルフ神話」を足してる時点で、滅茶苦茶ターゲットが少ない。1000人居たら1人くらいに刺さるような本になってると思うんだけど、どうなんだろ。前回も秘封×哲学でマニアックを煮詰めた作品になってた思うんだけど、全部売れたし。自分も秘封オタクなんだけど、正直訳が分からない。
そうこうしてる内に20冊が売れ、身内に渡そうと思っていた分も売れ、完売。
個人的に満足な出来じゃないんだけど、楽しんでもらえたら嬉しいですね。

お客さんA「秘封とクトゥルフって合うんだよねぇ」
わかるー。
お客さんB「クトゥルフ神話TRPG、結構やるんですよ。GMもやったことあるし」
僕もクトゥルフ神話TRPG歴結構長いんだけど、結構雑にやって来たから細かいところに突っ込まれると死んでしまうので緊張するよね。今更してもしょうがないんだけど。
お客さんC「この巻末シナリオって遊べるの?」
友人H作です、面白いよ。


はい、そんな感じ。完売して暇だったので早々に撤退して東京テレポートでグダグダしたり大岡山の居酒屋で打ち上げた話は割愛。



友人に、僕の売ることへのモチベーションの低さを指摘されました。
僕は作る事へのモチベーションは高いんですが、売ることに関して特に関心が有りません。明け透けに云ってしまえば、売れても売れなくてもどうでも良いです。少数でも、手に取ってくれた人が楽しんでくれればなって気持ちです。欲を云えば、感想なんか送ってくれると嬉しいなって思ったり。
熱心に宣伝もしませんし、作品詳細の記事をこのブログにのっける事もしません。
俺の作品、見て!見て!って云うのは恥ずかしいんですよね。恥ずかしくないですか?
他にも僕の色んな拘りとかプライドが邪魔していて、友人達の表情から察するに、
「こいつクソ面倒くせえなぁ」
って感じでしょうね。
でもそういう我儘が突き通せるのが同人活動じゃないでしょうか。僕が納得できる同人活動が出来るって事が、まあ一つ大切なんじゃないかなって。
作風も作風ですし、ニヒルでクールな感じで行きましょう。

そんなクソ面倒くさい作者の書いたひねくれた作品を手に取ってくれた方々に、僕が秘封俱楽部ってコンテンツから貰ったエネルギーの一部でも皆さんに還元出来たらなと、心から思います。
本当に有難うございました。

蓮子とメリーの冒涜的なティータイム

(注意:茶番、雑)

 10月某日、時刻は正午を回ったところだった。宇佐見蓮子──蓮子と、マエリベリー・ハーン──メリーの二人はのんきに珈琲を飲んでいる。
 ここは喫茶マヨヒガ。心に迷いを持った人たちの訪れる、どこにでも在ってどこにもない、そんな喫茶店。
「何で私たちはこんな所に居るのかしら?」
 対面でメリーは半目で珈琲をすすりながら呟く。
「さあ。でもまぁ、珈琲は美味しいし」
 蓮子も内心疑問に思いながら、珈琲と一緒に疑問を飲み込んだ。香ばしさと滑らかな暖かみをもった液体は腹の底へ落ちていき、その温もりは全身に広がった。心なしかいつもよりも珈琲が美味しく感じられる。これが、最近急に冷え込むようになった為か、それともこの店の珈琲が美味しいのか、或いはその両方かは分からなかった。
 そのまま、何気なく上を見上げると、シーリングファンが優雅に回っていた。
「ねぇ、蓮子。今度私達はクトゥルフ神話の世界に行くらしいわよ」と、唐突にメリーは切り出す。
「え?そんなの聞いてないよ」メリーに向き直りながら云う。
 本当にそんな話は聞いていなかった。いつの間にそんな決まっていたのか。
「それでね。その時の私達のステータスがこの紙に書いてあるらしいんだけど」
 メリーは小さな鞄から茶封筒を取り出す。飾り気のない茶封筒には「冬コミ」と書いてあった。
「冬コミって何かしら」
「一言で云うなら、お祭りかな」
「ふぅん」心底興味無さげにメリーはこたえた。
 そのまま適当に封を破ろうとするメリーを静止して、蓮子は自分の鞄から白銀のペーパーナイフを取り出す。そして、その封をそっと切り開いた。

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「そうだ。クトゥルフ神話TRPG(以下CoC)に詳しくない人も居るだろうし、各ステータスを分かり易く解説しようか。
 先ず、それぞれのステータスを簡単に云いかえると、

str→筋力
con→頑丈さ
dex→素早さ+器用さ
siz→大きさ
app→容姿の良さ
pow→精神力
int→発想力、広義の賢さ
edn→教養

と云った感じ。
 ちなみに、edn以外の能力の変域は3≦(数値)≦18、で期待値は10.5。6≦(数値)≦21、期待値は13.5。下限、上限はそれぞれ人間として限界値。一般的な人は各パラメタが10、11くらいに落ち着く訳だね」
 云い終わると、メリーが髪の毛を弄りながら微妙な表情でこちらを見ている。
 気になったので、「何?」と問う。
「分かりにくい」とメリーはこたえた。
「うん」
 確かに、CoCを知らない人がこれを聞いて分かり易いかは微妙だろう。
「じゃあ、軽くそれぞれのステータスを見ていこうか」
「ええ。分かり易くね」
「先ず、str、con、sizに関しては、二人とも一般的な成人女性の数値だね」
「私より蓮子の方が若干背が高いけれど、sizとしては同じなのね」
「CoCのsizって体重だから、それはメリーの方が――」
 そこまで云ったとき、背筋を冷たいものが走った。怒気をはらませた視線が飛んできて正面を直視できない。
「違うわ」メリーは膨れながら云う。
 可愛かったのでもう少し弄ろうかと思ったけれど、少々デリカシィに欠けると感じ断念した。

「次にdexかな」
「私はおおよそ平均値だけど、蓮子はやけに高いわね」
 秘封倶楽部は不良サークル、時に逃走しなくてはならないときも有る。その時頼れるのは自分の足であり、日々それなりに鍛えられている感は有る。これは二人に共通する事なので、この差異を生じた要因に思考を巡らせていると、蓮子の思考を読んだかのように、
「手癖の悪さ?」とメリーは問うた。
「人聞きが悪い」
 失礼な話だ。

「お次はapp」
 と云いメリーを見ると、勝ち誇ったように微笑んでいる。
 勿論、云わんとしてる事は分かる。
 確かにメリーの方が美人だ。ビスクドールのような繊細さと、人間らしい愛嬌を併せ持つ彼女は、普通に歩いているだけで人々の目を惹く。けれど、数値として示されると、なんだか癪だ。わざわざ突き付けられなくてもいい現実を、無理やり押し付けられているようだ。
「メリーのapp17は人間の限界に近いレベル。私が低いんじゃなくて、メリーが高すぎるの」
 自分で云って凹む。普段は全く気にしないけれど、二人で並んでいる様子を、傍から見たらどう見えるのか。どこか虚しくもなる反面、自分の友人の美しさを誇らしくも思うのだ。
「……私は何も云ってないわよ?」
「そうですね」
 一瞬の沈黙。
 何か云おうと思ったが、この空気を作ったのは自分なので上手く言葉が出なかった。
「私は・・・・・・好きよ。こういうのって、数値化できるものじゃないと思うの」
「ありがとう」
 適当にお世辞と受け取っておこう。
「それに……蓮子の良さは私だけが分かれば良いもの」
「ん?」
 メリーが何かを呟いたようだったけれど、蓮子には聞き取ることが出来なかった。直ぐに聞き返したが、適当のはぐらかされてしまった。

「次はint」
「自称プランク並の頭脳は伊達じゃなかったって事ね」
「照れるな」
 何となくこそばゆくて少し帽子を弄っていたら、
「そんな賢い蓮子なら、時計をしっかり確認して時間通りに待ち合わせに着くくらい、簡単よね?」
という言葉が、涼しげな視線と共に飛んできた。
「善処します」
「よろしい」

「最後にeduね」
「さっき最大値は21て云ってたけど、これはどういう事なのかしら?」
「これは少しネタバレになってしまうんだけど、これは“現代の探索者”のキャラシートなの。ここで云う現代というのは20、21世紀を指している。科学世紀と21世紀では当然教育水準が違うから、科学世紀の大学生は21世紀の学問の権威と同じくらいの知識を持っているという想定らしいよ」
「ふぅん。中々、面倒くさいことをするわね」
 メリーは興味無さげに空になった珈琲カップを眺めた。

「まだ説明していない数値があるわ。san、アイデア、幸運、それから知識ね」
「その辺の数値はゲーム内での処理に使用するものだから、今回は説明する必要は無いかなって」
 知っている人は知っているで構わないし、知らない人も今回は困らないだろう。
「あとはその下の方の技能ね。まあ、読めば何となく分かるものが多いけれど」
「数字の大きさがそのままその人の知識量であったり、熟練度だったりするわけだね。例えば、“図書館”であったら、数値が高いほど図書館で調べものをするときに、欲しい情報を得られる可能性が高くなる。ちなみに、“母国語”の技能に関しては、edu×3にエラッタするらしい」
「蓮子は超統一物理学関連の技能、私は相対性精神学繋がりか、心理学とかの技能が高いわね。あと、“オカルト”とか“隠れる”なんかが高いのは、今までの秘封倶楽部の活動の賜物かしら」何にも嬉しくないけど、とメリーは付け加える。
 蓮子は適当に笑った。




 蓮子は喫茶店の裏手でそっと煙草に火を点ける。裏手は暗く、湿っている。だから火が付きにくかった。
 さて、少し疑問点をまとめよう。
 私たちは何故このマヨヒガへやってきたのか。
 私もメリーも、特に悩みは無かった。何の悩みも無いのなら、ここへたどり着くことは無い。では何故か。
 メリーが嘘を吐いている?
 それは無い。メリーは嘘が下手だ。本人はばれていないつもりかも知れないが、あれに騙されるのはよっぽどのお人よし、あるいはプランクトンだろう。
 嗚呼、結論を先延ばしにしてもしょうがない。私は答を知っている。
 答では簡単で、筆者が私、宇佐見蓮子のキャラクター性に悩んでいるから。
 宇佐見蓮子という人間の思考をトレースするために、とりあえず何でも良いから文章を書くために、こんな茶番を用意したんだろう。
 ふうと煙を吐きだし、次の思考へ移る。
 メリーへ送られてきた探索者シートは“現代の探索者”のものだった。つまり、私たちは過去へ飛ばされることとなるようだ。
 どうしてそんな目に遭わなくてはならないのか、見当もつかない。
 「まあ、でも……」
 面白ければそれで構わないのだ。秘密の封を暴くもの。真実の探求者。
 
 それが私たち秘封倶楽部。

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Depth of Swampのあとがき

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 本文は、9/18日の科学世紀のカフェテラスにて作者が販売した小説「Depth of Swamp」のあとがきになります。若干のネタバレを含みます。


 150Pという制約を自ら設けてしまったゆえに、あとがきがほとんど書けなかった。もともと、作品の余韻を損ねないように、あまり長々書くつもりも無かったような気がする。今となっては思い出せないし、思い出せないって事は、きっとどうでも良い事なんだと思う。
 本作は僕が秘封を知り、秘封にハマり、自分の秘封を妄想した2、3年間の間に思いついた断片的なネタを、複数融合する形で誕生した。具体的には、「ドッペルゲンガーの恋人」「喫茶マヨヒガへようこそ」の二つの作品の融合体になる。

 「ドッペルゲンガーの恋人」は、恋人として付き合い始めてからしばらくした蓮子とメリーさんの前に、それぞれの恋人の姿をしたドッペルゲンガーが現れるというもの。そして、二人は恋人がすり替わっていることに気付くことも無く、静かに破滅していく。そう云った筋書きのお話だ。

 「喫茶マヨヒガへようこそ」は、秘封倶楽部とはまったく関係の無いお話だった。何処にでも在って、何処にも無い、そんな喫茶マヨヒガと云う喫茶店に悩みを持った幻想郷の住民がやって来るというもの。原作の東方の世界とはパラレルワールド的な世界観を意識していて、店長の”謎の金髪の女性”が悩みを解決してくれる、一話完結のお話。

 この二つがどう合体して本作になったのだろう……?
 前者を本当は形にしようと思っていた。けれど、プロットを軽く見るだけで、気分が暗くなる。処女作がこれと云うのはいかがなものか。困り果てた。
 確かそこから2か月ほど筆が止まった。
 バッドエンドはナンセンスだと思う。物語の終わりは大団円じゃなきゃ駄目だと信じている。しかし、どうにも結末が、ハッピーエンドが思いつかなかった。
 そこで、初期に書いていた60000文字を思い切って全消去してみた。バックアップなど何処にもない。ゼロからプロットを考え直してみた。

 僕にしか書けない話って何だろう?僕の好きな秘封って何だろう?

 問答している際に、少し面白いテーマにぶつかった。
 「沼の男」だ。ドナルド・デイヴィッドソンの提唱した同一性に関する思考実験である。割と有名なので、その分野に興味のある人は知っている話だろう。
 そこで、何かを思いついた。自分のメモ帳にある話の種を見直していたら、一本のプロットが頭の中で出来上がった。
 それが本作だった。思いついたころは、この作品に名前は無かった。けれど、面白くなりそうな気がした。
 実際、書いていて割と楽しかった。キャラ達の会話は頭の中でキャラ同士が勝手に喋ってくれるので楽だったし、情景描写もキャラの思考をトレースすると自然に思い浮かんだ。
 苦しんだのは、如何にして作品の中で哲学的な命題に言及するか、という事。
 思考するのはメリーさん、酷い目に遭うのは蓮子、語る人は謎の女性。ポジションが決まっても、中々彼女たちは哲学的な命題を噛み砕いて説明してはくれない。当たり前なんだけど。
 哲学を噛み砕いて、分かり易く作品に混ぜ込むのは僕の仕事だった。
 哲学にさほど興味のない第三者の目が欲しかった。協力者の話は以前の記事で言及したので、割愛する。
 彼には何度も「分かりにくく無いか?」「もう少し分かり易くした方が良いか?」と尋ねた。尖ったテーマを扱う以上、細心の注意を払うべきだろうと考えていた。読者に不必要な負担を掛けたくなかった為である。
 一番気を遣ったのは2章である。
 2章に関しては読者に心理的な負担を強いたかった。イメージとしてはドグラ・マグラ。脳が腸ねん転を起こしそうな感覚に陥って欲しいと思って書いた。しかし、それで読むのを投げられてしまってはしょうがない。ギリギリのラインを狙って”読み難く”してみた。
 
 本書は製作費的に1000円未満にすることが不可能な事が割と初めから分かっていた。文庫本150Pが1000円である。控えめに云ってバカ高い。そんな事が許されるのかと不安になるレベルで高い。
 だから、最低でも二読してもらえる作品を目指した。1週目と2週目、見えてくる世界の異なる作品を目指して執筆した。300Pで1000円、少し高いが許容される価格だろう。二読する魅力を感じて貰えなかったら、それは完全に僕の実力不足だ。もしも、一読して物語の全体像が見通せて、もう一読する価値も感じなかったら、是非とも僕に伝えて欲しい。次回作は、必ずあなたを満足させられる様な作品にする事を約束する。

 読み直して未熟と感じる部分が大きい。それでも、現在僕の持ってるリソースは余すことなく消費して結晶した作品が今作「Depth of Swamp」だ。直訳すれば、沼の深さ。depthには悲しみや絶望の深さ、なんて意味もある。さほど深く考えずにつけた名前だから、さほど気にしないで欲しい。そうだな……略すときはDoSとか呼ぶと良いのかな。

 本作に込めたメッセージをここで語るのは余りに無粋だ。
 本の解釈は人の数だけある。僕は一つの解答を用意しているけれど、それは模範解答ではないかもしれない。絶対的な正しさなんて何処にも無いんだから。

 最後に、本作のキャッチコピーは「私はまだ、私を私たらしめる境界条件を知らない。」だ。これはメリーさんの視点に立ったセリフな訳だけど、実はこのキャッチコピーには続きがある。
 ここまでこの記事を読んでくれた奇特な方には、折角なので問いを投げよう。
 この続きを、是非考えてみて欲しい。
 どんな言葉が続くんだろうか。長いのか、短いのか。はてまた、この続きがあると云うこと自体が虚構なのか。

 僕は考えてくれるみんなの姿を想像しながら、そっと筆を置こう。
 

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プロフィール

clown

Author:clown
動物も居なければ、トランポリンもブランコも無い、道化師1人の演目を御覧あれ。


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