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陰気なサーカス

えとぶんしょうをかくそんざい

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昏い夢~A Conceivability Argument~のあとがき

 本記事は、2019年博麗神社例大祭にて筆者が発表した「昏い夢~A Conceivability Argument~」のあとがきになります。多少のネタバレを含むため、読後に読んでいただけると良いかと思います。




 今回は、本当に好き勝手に書いただけだった。メッセージ性とか、テーマ性とか、そういう煩わしいことはあまり考えずに、思いついたままに書いた……つもりだった。
やっぱり、テーマもメッセージもなしに話は書けないので、その辺について少しだけ語ろうかと。

1. Contrary Love/盲目の天邪鬼

 冬頃に、眼鏡でコートなメリーさんは可愛いんじゃないかとって思い立ち、眼鏡をテーマにして一つ小説を書いてみようと思った。
 閑話。
 かたわ少女というフリーのエロゲがあり、そのヒロインの一人に砂藤リリーという盲目の少女が出てくる。その子のルートのテーマは「私が見ているもの、あなたにも見える?」だ。彼女は盲目だから、当然何も見えはしない。ここでいう「見える」とは「分かる」という意味に近いのだろう。
 二人が同じものを見たとき、それが同じように見えているかは誰にも分らない。でも見えるというメカニズムは光学的なもので普遍性があり、それを映像として認識する人間の脳のメカニズムも分かっている。従って、証明こそできないものの、おおよそ物の見え方というのは不変だと考えられている。というか、そうでなくては色々と困る。
「見てごらん、蝶々だよ」
「ん?私にはゴリラに見えるわ」
これでは困る。
閑話休題。
眼鏡というアイテムから、「見える」「分かる」といったテーマへ持って行き、それにメリーの恋慕を混ぜ込んで焼き上げた一品。
好きな人のことを知りたい。でも、知るのは怖い。そんな初な恋慕を抱えたメリーさんを可愛いと思ってもらえたなら嬉しい。

2. Chirality/虚ろな鏡像

 本編。名状しがたい何か。電波っぽいお話を書きたいとずっと思っていて、色々と悩んだ結果、こういう形となった。
 普段から筆者の好きな小説や詩、哲学書などから節操なくネタを引っ張りオマージュしているが、今回は輪をかけて多いと思う。読む人が読めば、どこかで読んだことのあるような場面が散見されるだろう。そういう自分の好きを、しがらみ(主に著作権)に囚われることなくありったけ詰め込めるのが“同人らしさ”だと思っているから、これはとても同人然とした話になったのではないかと感じている。
 サブタイのとおり、Conceivability Argument=ゾンビ論法が中心的なテーマになっている。ゾンビの視点で描かれる話は面白いんじゃないかな、なんて安易に考えて書き始めた数ヶ月前の自分に待ったをかけたい。確かに電波っぽい荒唐無稽な話にしたいとは思ったけれど、物語として崩壊するのは許されない。一つ物語として筋通しつつも、「結局この話は何だったんだろう?」と思わせられるふわふわした読後感を作りたかった。ドグラ・マグラみたいな感じを目指した。それがとにかく難しく、しんどかった。夢野久作はすごい。
 最後まで色々な部分で迷っていた部分があって、表現したかったことを表現しきれなかった、非常に悔いの残る話になった。とりあえず深く考えずに読んで、読後ぽかんとしてくれたなら、それは筆者の思惑通りで、とても嬉しい。


 以上なのだが、ちょっと小話をば。
 前作「群青」の感想を友人に貰い、少しだけ驚いた。僕はあの小説に百合的な要素を全く含んでいないのに、彼はそのように捉えていなかったようだ。表現するって難しいなって、改めて思った。結局文章力を上げるためには、善い本をたくさん読んで、たくさん話を書くしかないんだと思う。自己の表現の未熟さを恥じ、日々精進したいと思う。

 その延長線上で、少しだけ告知。このブログを、ここまで読んでいるような奇特な人間は、きっと筆者の熱烈なファンに違いない?いや、思い上がりも甚だしいな。
 次は京都秘封か、あるいはその先か。でも来年は例大祭の開催場所が関東ではないので、参加を見送るつもりだった。つまり、下手をすると新刊販売まで一年以上空いてしまう。話を書き続けることが僕のアイデンティティだから、それでは生きていけない。だから、中、長期連載の小説を不定期にpixivに上げようと思う。この間ちらっとtwitterで云った「承認欲求を満たしたい彼女(わたし)と、性欲を満たしたい彼女(わたし)」ってオリジナル小説になると思う。
 さらに、余裕があったらもう一つ、「喫茶マヨヒガの日常」という科学世紀の日常に溶け込んだ幻想郷の住民たちと秘封倶楽部のお話も、定期的に上げようかなと思っている。
 そんな感じ。期待せずに、でもpixivに上がったら読んでくれると嬉しい
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群青~The City Is a Harsh Mistress~のあとがき

 本記事は、筆者が2018年科学世紀のカフェテラスで発表した「群青~The City Is a Harsh Mistress~」のあとがきです。多少のネタバレを含むので、読後に読んでいただけるとよいかと思います。




 何か新しいジャンルのお話が書いてみたい。例大祭に向けて執筆をしているとき、そんな事をふと思った。そして最初に思い付いたのがスチームパンクだった。これは筆者の性癖だ。何か作品を書いていると、次の作品の事を考えたくなる。集中力がないのだろう。
 気付くと、秘封スチームパンクの設定が箇条書きにされて2万文字ほどになっていた。折角だし書いてみようと思った。

 スチームパンクについてはwikiを見て貰った方が分かり易いと思う。要するに、蒸気機関が過剰に発展したパラレルワールド的な世界観で描かれるSFだ。日本ではかなりマイナなジャンルだと思う。有名なタイトルと云われても思い付かないだろう。
 似たようなジャンルにサイバーパンクがある。こちらは「AKIRA」「攻殻機動隊」を筆頭に、色々なタイトルが思いつく。我々の周りにはスマートフォンがあり、コンピュータがある。普段身近にあるものの方が、その発展系を想像し易い。見たことも聞いた事もないものを想像するよりも、身近なものをベースにして想像を膨らませる方が遙かに容易いだろう。故に、サイバーパンクのほうがポピュラで、未だにSFの主流となっている。
 マイナでサンプル数も少ない、日本では流行ったことがないし、海外でも下火のジャンルに何でわざわざ挑戦したの?
と、数か月前の自分を問い詰めたい。数か月前の筆者はそんな疑問を一切抱くことなく、楽観的にこのテーマで小説を書き始めた。

 初めにぶち当たった壁は、どこまでやりたい放題やっていいのかという事。
 秘封倶楽部の話を書いているのに、いわゆる秘封要素は欠片もない。蓮子とメリーの二人は大学生ではないし、オカルトサークルとしての活動もしない。二人の能力を拡大解釈しているし、蓮子はジェリコを片手に大立回り。
 これ、秘封でやる意味あるの?
 そういった疑問について、それとなく友人の己くんに尋ねたところ
「東方の二次創作なんて、だいたい東方でやる意味ないでしょ」
といった旨の返答が返ってきた。なるほど。

 筆者は先ず秘封倶楽部、蓮子とメリーの二人の魅力とは何なのかと考えた。
 それは「二人の間にある危うい信頼関係」だと、結論付けた。この結論に至るまで当然紆余曲折あり、苦しみ悶えたのだけれど、その話は割愛する。
 どちらか一方が欠けたら、もう一方も容易く壊れてしまう相互依存関係のようなものが、蓮メリに儚さや、妖しい魅力を与えているのではないだろうか。
 秘封のコアは「二人の間にある危うい信頼関係」であり、これが秘封を秘封たらしめるものであり、秘封っぽさの根拠であると定義し、本格的な執筆に入った。

 当初、「月は無慈悲な夜の女王」「異星の客」「ニューロマンサー」「電気羊はアンドロイドの夢を見るのか」といった古典名作SFを強くリスペクトしたガチガチのSFを書くつもりだった。
 しかし止めた。世界観を構築する膨大な固有名詞や特殊な設定を容易に理解できるのは、普段からそういったSF作品に慣れ親しんでいる人だけだろう。多くの読者にとって、それはストレスになる。読むのがストレスになるのは好ましくない。
 目指したのはラフなSFだ。話の構造を出来る限りシンプルして、話の進行上どうでもいい設定は作中で取り立てて言及しない事にした。

 今回のテーマは先に述べたように「二人の間にある危うい信頼関係」を表現することだった。それ以外は本当にやりたい放題にやったし、「こんなの秘封じゃねえよ!」という意見は真っ当だと思う。それでも、最悪の科学世紀というパラレルワールドで生きる蓮メリの一形態として、本作が納得のいくものであったならば、筆者は光栄に思う。



 余談だが、本作「群青~The City Is a Harsh Mistress~」は前編で、後編の構想も準備してある。というより話の分量が大分膨大になったので、前後編に分けざるを得なくなった。そして後編も一冊に収まるかどうかが分からない。
 という訳で、陰気なサーカスのスチームパンクシリーズという形でシリーズ化しようかな、などと考えている。何らかの反響があるなら続きを書くし、何もないならお蔵入りだ。一応、群青単体でも話が完結しているから、気が向いたら続きを書くかもしれない程度のお話。




 長々と書いたけれど、先日の京都秘封では本当に多くの方に筆者の拙作を手に取って貰えて、本当に嬉しかったです。重ねて、ありがとうございました。
 次は多分春例大祭。いつも通り(?)のメンヘラ小説になると思います。

京都レポ 2018~チンアナゴとパリピを添えて~

本記事は2018年科学世紀のカフェテラスに参加するため、11/10(土)、12(日)の二日間で訪れた京都のレポートです。


一日目(11/10)


 初めに、今回の旅を共にしたイかれた仲間を紹介するぜ。
 僕の大学のフレンズであるシオミシューコ(偽)に同行してもらいました。某アイドルの塩見周子とは何ら関係はありません。七歳のJKです。

 前日まで曇りや雨が続いていましたが、当日はよく晴れていて、公共交通機関も特に乱れなく、何の問題もなく京都へ辿り着く事が出来ました。
 到着したのは10時30分程。とりあえず京都駅前のカフェ・ヴェローチェで一休み。夜行バスより圧倒的に高いQoLを備えた新幹線ですが、やっぱり疲れる事には疲れますよね。今後の方針を定めるためにも、一度腰を落ち着けたかったというのもあります。

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ちなみに僕は珈琲で舌を火傷しました。ほら、普段自分で淹れた珈琲ばっかり飲んでるから、火傷するレベルで熱い珈琲に慣れてないんですよ。
 15時からライブ会場が開くので、移動時間も加味して3時間程の時間をつぶす必要があったので、京都水族館に向かいました。

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 京都水族館の名物と云えば、イルカとペンギンです。どちらも飼育にお金のかかる生き物なので、それなりの規模の水族館でしか展示できません。設備の綺麗さも併せて、中々お金持ちの水族館なのかなと。一年ぶり二回目に訪れて、そんな感想を抱きました。しかし、イルカショー、ペンギンのエサやり、いずれのタイミングを逃すという間の悪さを見せてしまいます。眠そうにしているペンギンも可愛いんですけどね。また、推しペン総選挙なるイベントもやっていました。アイドルペンギンユニットのセンターを決めるそうです。僕には見分けが付かないので、よく分かりません。
 メインディッシュを逃して少し落胆していると、訪れたのが11/11日の近日という事もあり、とあるイベントをやっていました。
 11/11と云えば、そう「チンアナゴの日」です。
 チンアナゴの展示が大きく拡大されており、チンアナゴのエサやりも見ることが出来ました。あいつら、体長400mmもあるそうで、見えている顔は氷山の一角ということですね。
 チンアナゴの展示の付近でチンアナゴくじという一回1000円のくじ引きが行われており、一等は巨大なチンアナゴのぬいぐるみでした。
「明日のイベントの席に居るの、あのチンアナゴのぬいぐるみでいいんじゃないかな」
「チンアナゴもスチームパンクとか書くんだ」
「clown=チンアナゴ説」
 という訳で、clown改めチンアナゴです。よろしくお願いいたします。


 水族館では一時間程度しか潰せなかったので、近くにあった本願寺の周りをぐるっと一周し、京都駅前に戻り、昼食をとりました。五右衛門というパスタのお店で、どうやら全国チェーンのようですね。きのこのパスタ、美味しかったです。一番のツッコミどころは、店の前の「渋谷スペイン通り」という看板。
「渋谷でもなければスペインでもないんだけど」
「東京ドイツ村的な」
「ここは千葉だったか」


 次に向かうのが京都FANJ、ライブ会場。あの日視た幻想5の開催場所です。

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 二回目の参加ですが去年は台風と宿のチェックインの時間の都合から途中で抜けなくてはいけなかったので、最初から最後まで聴けたのは今年が初。一言で云うと、めっちゃよかった。
 同人小説書きにあるまじき語彙の貧しさですが、本当によかった。大体の曲は知っていましたが、目の前で演奏されると、とても新鮮ですね。一番驚いたのは、去年聴けなかったGET IN THE RINGの演奏。Voのみぃの歌が圧倒的で、魅了されました。CD音源よりも上手いまであるんじゃないかな、という迫力がありましたね。元々好きなグループでしたが、一層好きになりました。

 台風に追われないによって生じる圧倒的な時間の余裕を噛み締めながら夕食をライブハウスの近くのガストでとり、ホテルに向かい、特に問題なくチェックインして就寝。一日目は終了です。


二日目(11/11)



あまり寝てません。具体的には二時間くらい。とにかく眠りが浅くて数十分おきに時計を確認していました。ベッドが悪いとか枕が悪いとかそういう話じゃなくて、多分精神的なお話。冬コミの時に興奮して眠れなかった誰かの気持ちが、少し分かった気がします。
 前日に買い込んだパンを朝食にして、支度をすませて9時前にチェックアウト。その足で京都駅前のカフェ・ヴェローチェに向かい紅茶をキメます。英国紳士たるもの、紅茶は欠かせませんからね。
 ヴェローチェに向かう途中で遭遇したのが、茶髪にフォーマルな法被のような衣装を着た集団です。駅前にたむろし、髪の毛をセットしていました。
「パリピかな?」
「たぶん」
 ヴェローチェを出た頃には居なくなっていたのですが、京都秘封の会場、東山駅へ向かう途中の地下鉄でまさかの再開を果たします。そして、何故かパリピも東山で降車。
「パリピも京都秘封に?」
「まさか」
 もちろんそんな事はなかったようで、途中でどこかへ曲がっていきました。調べたところによると「龍馬よさこい」というイベントに向かう一行だったようですね。
 大きな鳥居を潜れば、みやこめっせは直ぐそこでした。

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 結論から云うと、内定でした。
 ちなみにグレードは
合格 < 優勝 < 内定です。

 新刊は予備分除いた全てが売れ、既刊も10冊程売れました。多くの方に手に取って頂けて、本当に嬉しい限りです。内容は割と尖ったものなので、楽しんでもらえるかどうか非常に不安ですが……。
 それと、とても嬉しかった事がありました。前作、箱庭の感想を貰えた事です。
 普段僕は他のサークルと交流を持つ事なく、内容について誰かに相談することもなく、本当に一人で黙々と小説を書いています。そうすると、時々疑問に思うんですよね、何で小説書いてるんだろうか?と。ぶっちゃけ誰も僕の本なんて読んでないし、筆を折っても誰も困らないし悲しまないよなって。
 作品として作る以上は読者がいて、その対象の事を考えずには小説は書けません。同人だから好き勝手にやればいいというのはそうなんですが、それだけではやっていけないんですよね。壁に向かって小説を書くのは虚しくてとても辛いものです。
 そんな中で、イベントで感想を貰えると、小説書いててよかったって思いますよね。本当に嬉しかったです。誰か一人でも僕の本を読んで面白いと思ってくれる人が居るなら、小説を書き続けようという気力が湧いてきます。最初のイベント、去年の京都秘封から毎回僕の本を買っていって下さる方もいて、本当に嬉しい限りです。
 今回のイベントで僕の本を手に取って頂いた方々に、改めて深い感謝の気持ちを。ありがとうございました。楽しんでいただければ幸いです。

 内定の後、疲労感と共に京都駅へ向かっていると、見覚えのある集団が。
「パリピだ……」
 パリピでした。

 その後は関係者各位にお土産を買い、新幹線に乗り帰路につきます。

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 去年と比べると二回目である程度の勝手が分かっていた事や、台風に遭わなかった事などから、非常に落ち着いた旅になりました。去年が異常だっただけという説もありますが。
 何はともあれ、最高の京都旅行でした。
 できれば、来年も参加したいですね。


 以上簡易的なレポでした。

理解されようとしない事

武蔵野美術大学の芸術祭に行ってきました。
学園中央にある広場では様々な演目があったようで大いににぎわっていたようでしたが、僕は人混みが苦手なのでずっと展示に逃げていました。展示品は主に絵画で、テーマごとに棟が分かれています。一日であれらを全て見て回るのは、よっぽど雑に見て回らない限り到底不可能だったので、パンフレットを参照して選択的に見て回りました。

最初に入ったのは油絵、日本画の展示を行っている棟です。
まさか、はじめに入ったこの棟を見て回るのに一時間以上かかるとは思っておらず、驚愕しました。そんなにのめり込んで見ていたのかと。特に抽象絵画の油絵に魅入ってしまいました。
以前、具体的には僕が美術部に所属して絵を描いていた頃は写実主義の絵が好きでした。写真のように緻密で繊細な絵が好きで、逆に印象派から派生したような絵はあまり好きではありませんでした。しかし、改めて抽象絵画を眺めてみると、凄く面白いと感じました。理由は分かりません。でも、人の感性なんていくらでも変わるものです。それに好き嫌いに理由を求めるというのも、難しい話でしょうから。
抽象絵画の絵の一番素敵なポイントは、作品が理解されようとしていない所だと思います。
写実主義の絵というのは、明確な対象物があり、それを鮮明に表現することを目的にしています。ありのままを捉え、ありのままを伝える事を主眼に置いた絵です。それに対して、抽象絵画の絵は一目見てそれと分かるような具体性がありません。というのも、絵を描いた人のコメントを読む限り、極めて概念的で目に見えない観念を、自身のクオリアを通して表現している為です。つまり「私はこう思います」と、絵を通して表現している訳です。それに共感できるか否かというのは我々見る側の人間の問題になってきます。云ってしまえば、云いたい事だけ云って投げっぱなしという訳です。
でも、逆にそれが素敵だなって思う訳です。自分の云いたい事、でも言葉に表せない事を絵で表現できるって事が羨ましい。それに理解されようとしていない絵って孤高で気高い感じがしますよね。小説だと、当たり前だけど絶対にできない事です。読み手を意識せずに文章は書けません。自己満足で書いた文章は黙って自分のパソコンに仕舞っておきましょう。だからこそ、そういう在り方が羨ましく感じるのかもしれません。

他の棟は割とダイジェストで見てしまったので、油絵ほど深く考察できませんでした。でも、私の創作意欲を大いに掻き立ててくれた事は確かです。
というわけで、逃避してた京都秘封のポスター制作をそろそろやろうかなと思います。
来週は多摩美術大学の芸術祭に行こうかなと。

こんな星の夜は

こんな星の夜は
全てを投げ出したって
どうしても
君に会いたいと思った
こんな星の夜は
君がいてくれたなら
何を話そうとか


いつものように何となくウォークマンで音楽を聴いていた時、流れてきたこのフレーズ。
ご存知だろうか?
ELLEGARDENのスターフィッシュという曲だ。もう14年も前の曲らしい。
この曲を初めて聴いた訳じゃない。10年程前からずっと好きで、時々聴いていた曲だった。
でも、急に、ふと思ってしまった。


めっちゃ秘封っぽくない?


【スターフィッシュ歌詞】
作詞/作曲 細美武士

おとぎ話の続きを見たくて
すぐ側のものは見えなかった
平気になった媚びた笑いも
まとめて全部 剥がれ落ちるような

綺麗なものを見つけたから
また見えなくなる前に

こんな星の夜は
全てを投げ出したって
どうしても
君に会いたいと思った
こんな星の夜は
君がいてくれたなら
何を話そうとか

ほどけかけてた靴のひもを
いじりまわして気を紛らわす
あと2駅がバカに遠い
諦めないなら焦る事もないさ

綺麗なものを見つけたから
また見えなくなる前に

こんな星の夜は
全てを投げ出したって
どうしても
君に会いたいと思った
こんな星の夜は
君がいてくれたなら
何を話そう

I thought there is no such thing as
Unchanging over a thousand years
I wonder how I could miss it
My friends
I thought there is no such thing as
Unchanging over a thousand years
I wonder how I could miss it

こんな星の夜は
全てを投げ出したって
どうしても
君に会いたいと思った
こんな星の夜は
君がいてくれたなら
何を話そうとか



(ELLEGARDEN BEST 1999-2008 歌詞カードより引用)






音楽って聴いてる時は割と聴き流してしまう事が多くて、歌詞の意味とかあまり考えないんだけど、改めて歌詞カードをまじまじと眺めると発見があって面白い。明るい曲調に暗い歌詞を乗っけてあるのも好きだし、暗い曲調だけど実は幸せな曲だったりするのも好き。そのギャップが良いなって思う。
この曲は、その点非常にシンプルだ。ミドルテンポのしっとりしたサウンドに、少し切ない歌詞が乗っている。

ではこの曲を秘封倶楽部の曲と捉えて見てみよう。
秘封ボーカルアレンジに頻繁に用いられる「星」「夜」「駅」の3ワードが押さえられている。それに、歌詞から想像される情景が非常に秘封っぽい。
この曲の主人公は蓮子だ。何らかの要因でメリーと二度と会えない、あるいは今すぐに会うことが現状困難である、といった状況だろう。サビの感情的な様子とは対照的に、二番のAメロでクールぶってる描写が、そこはかとなく蓮子みを感じる。

ポイントとなるのは英語の部分。
僕の拙い英語力で訳すならこうだ。


千年経っても変わらないものなんて、無いと思ってた
どうして私は気付けなかったんだろう
ねえ、メリー
いつまでも変わらないものなんて、無いと思ってた
どうして、私は気付けなかったんだろう



My friendsなのにメリー1人なの?という疑問を抱くだろう。
friendの複数形、friendsには「友達同士」といったニュアンスが含まれる。つまり、My friendではなくMy friendsと呼びかける事で、一方通行の友情ではなく、二人は友達だったという事が強調されていると考えた。
後悔のような感情を含んだ、独白めいたフレーズの後、ラスサビがやってくる。冒頭でも示したものだ。


こんな星の夜は
全てを投げ出したって
どうしても
君に会いたいと思った
こんな星の夜は
君がいてくれたなら
何を話そうとか



夜空を見上げて佇む蓮子、そんな映像が目に浮かびませんか?
もう蓮子とメリーの事を歌った曲にしか聴こえない。もう歌しか聞こえない。


それはそうとして、スターフィッシュは佳い曲だよね。ELLEGARDENらしくエモい。
他にも佳い曲を作ってるので、聴いてみると良いんじゃないでしょうか。折角今年復活したし。
先ずはベスト盤とか、オススメです。

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Author:clown
動物も居なければ、トランポリンもブランコも無い、道化師1人の演目を御覧あれ。


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