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陰気なサーカス

えとぶんしょうをかくそんざい

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やっぱり同人業界は危ういなって話

はじめに


 前々から愚痴っていたけれど、同人に商業的な要素が持ち込まれることに違和感があって、何とも形容しがたいモヤモヤとした不信感、焦燥感のような物を抱いていた。
 本記事は、そのモヤモヤした気持ちを言語化して整理することを目的に書かれている。この記事を読んだ奇特な方が居るなら、一緒に考えてみてくれると非常に嬉しい。


「社会規範」と「市場規範」


 先ず、この記事において軸となる「社会規範」と「市場規範」という二つの言葉についてお話する。
 「社会規範」とは助け合いや共同体的なつながりによるものの事。人間の性善説的な側面と云うとやや皮肉に聞こえるけれど、困っている人が居たら助ける、といった人間の原始的な、ウェットな部分に根差した行動を指している。

 対して「市場規範」は等価交換、金銭的なやり取りの事である。物やサービスを得るには金を払わなくてはいけないし、労働には対価として給料が支払われなくてはいけない。要するに、人間のドライな部分に根差した行動を指している。

 我々人間はこの二つの規範が共存した世界で生きている。
 家族や友人に何かを頼まれたら(例えば「貴方の近くにある~を取ってくれ」「荷物が重いから少し運ぶのを手伝ってくれ」なんて云われたら)、まあ普通は気持ちよくやってあげるだろう。大した労力じゃない。他人を思いやる気持ち、社会性や共同体の必要性に基づいた行動することが有るだろう。もしも先に示した例で「じゃあ金をよこせ」なんて云っていたらまともに生活できないのが分かるはずだ。
 一方で、コンビニで何かを買う時、飲食店で食事をする時、金を払わずに「タダにしてください。お願いしますよ」って頼み込んでも、まあ多分無理でしょう。相手も仕事でやっている以上はそういった横暴は通らない。市場のルールは守らなくてはならないし、普通に生活している以上は守って行動しているはずだ。
 これらの二つの相異なる規範は一日の中で体験、実感できる。そして時にそれらは絡み合っていて、一概にどちらの規範かであると断言できないケースもある。

 また、「社会規範」と「市場規範」には明確なパワーバランスが存在する。
 何となく分かると思うけれど、「市場規範」の方が圧倒的に強力だ。金の力は強い。そして一度「市場規範」に支配されてしまうと、「社会規範」に戻る事は非常に難しい。
 例として、イスラエルの託児所の話が分かりやすかったから挙げておく。

・イスラエルに無料の託児所があった。保育園みたいな感じで、朝仕事に行く前に子供を預け、夕方仕事から帰る時に子供を引き取る。

・子供の引き取りの期限に遅刻する親が多いため、罰金を設けることにした。

・罰金を払えば遅れても良いという認識が広がり、更に遅刻する親が増えた。

・罰金を無くして完全な無料に戻したが、遅刻が減る事はなかった。

 何となく想像して貰えただろうか。
 ボランティアでやっていた事に金が絡んだ瞬間、人の認識は「社会規範」をベースにしたものから、「市場規範」をベースにしたものへ完全に移行してしまう。認識の質が変わると態度、行動も不可逆的に変わっていく。
 逆に、今まで有料だったサービスが無料になるというケースはあまり存在しない。というのも、「市場規範」の方が強固で、コミュニティの防衛本能が強いからである。コンビニで売っていたものがある日突然無料になる事は有り得ない。

 「社会規範」と「市場規範」に善悪はなく、それぞれメリットとデメリットを持っている一長一短の関係にある。しかし間違った場所、つまり「社会規範」的なコミュニティへ「市場規範」を持ち込むと、たちまちコミュニティが崩壊してしまうという事を念頭に置いて欲しい。例えば、家族、友人、恋人等の親しい人間との関係で、いちいち金を請求していたら人間関係が崩壊してしまうのは、容易に想像できるはず。


同人業界の規範


 本題に入る。同人業界、同人活動ってどっちなのって話。
 議論の前に、同人ってそもそも何なのかという事を定義しておきたい。おきたかったのだが、明確な定義を示しているような文献が見当たらなかったので、それっぽいサイトから引用させてもらう。

⑴・同人誌(あるいは同人○○)は、同好の士によって自費出版される発行物である。

⑵営利を主目的とはせず、あくまで発表すること自体が目的である。

⑶「作り手」と「読み手(受け手)」の関係は基本的に対等であり、そこに「お客様」は存在しない。

⑷出版にかかる費用はまず作り手側が負担するが、読み手(受け手)側がその一部を負担するために有償頒布という形を取ることが多い(無償の場合は作り手が全て負担することになる)。

⑸内容については限定されない。オリジナル(一次創作)・パロディ(二次創作)の別や、非エロ(全年齢向け)・エロ(18禁)の別、男性向け・女性向け・両方向けの別、媒体(本、CD、グッズ、etc.)の別などを問わず、全てを包括する概念である。

⑹二次創作に関しては、本来であれば原作権利者の許諾が必要である。無許可で二次著作物を作成し発表した場合は著作権侵害となり、「権利者に訴えられて敗訴した場合は」罪に問われることになる。


(意外と知られていない?「同人」の理念(もしくは建前)と実情 ※長文です(http://ch.nicovideo.jp/caz021/blomaga/ar537227) より引用 2018/9/15閲覧)

 恐らくこんな理解で良いと思う。
 ⑵節によれば、同人活動は非営利であり「社会規範」に基づいたものになるが、⑷節によると、金銭のやり取りがある事から「市場規範」的な側面も持っている事になる。しかしながら、同人活動の原点にに立ち返ると、それはファン同士による交流の場という意味合いが強く、営利的な側面を前面に押し出すことはあまりない。したがって、基本的には同人業界、同人活動というのは「社会規範」と見てよいだろう。


同人を侵す市場規範


 ここまで読んでくれた方はもう何となく分かったと思うが、近年の商業的同人は明確に「市場規範」的である事が問題なのだ。
 有名イラストレータが、その時点で最も流行っているコンテンツの作品を描く。これ自体は、その作品への愛があるなら構わないのだが、節操なく次々に描く題材を変えている人間は先の⑵節、⑶節に反している。
 「需要があるのだから良いじゃないか」では無い。
 先も云ったように同人業界は「社会規範」的なベースに、微量の「市場規範」的なシステムを内包したものである。ここに前面に「市場規範」を押し出したものが入り込むと、コミュニティが崩壊しかねない。

 我々作り手側はまだ良い。多くの作家は「社会規範」的に作品作りに取り組んでいる。
 しかし、受け手=ユーザの認識はそうではない。一度、同人業界を「市場規範」的なものだと認識してしまえば、それはもう変えられないのである。
 作り手とユーザの認識の溝は広がり、衰退していくというシナリオは既に完成している。

 以前書いたこの記事も、おそらく同人業界を「市場規範」的にとらえている「お客様」の発言なのだろう。
参考: 貴方はどう思いますか?ご意見、ご感想あったら下さい

 同人というフィールドは危機的な状況にあるだろう。しかし、同人業界はその性質から非常に閉じていて風通しが悪い。自浄作用は期待できない。そして、一度入ってしまった「市場規範」を排除する事はパワーバランス的にもう出来ない。
 ユーザは何も悪くない。悪いのは同人に「市場規範」を持ち込んだ人間だ。でも、今更「市場規範」を排斥しようとしても不可能だし、意味はないのだ。
 何をどうやっても、取り返しはつかない。幾ら作り手が同人にかける想いや信念を語ったところで、ユーザは胡散臭さを感じるだけで終わるだろうし、作り手の想いの乗った作品を手に取る事もない。ユーザはプロの作った商業誌のクオリティを基準に作品を見るため、同人は純粋にファンの交流、意見交換の場としての機能を果たせないだろう。
 もう終わっているので、何をする事も出来はしない。

 以上が筆者が感じていたモヤモヤした気持ちの正体である。


おわりに


 これは行動心理学、行動経済学に基づいた分析であり、この学問が明確に間違っている事が示せない限りが揺るがないだろう。また、これらの分野は筆者の専門ではないので、建設的な解決策や、何らかの展望を示すことは難しい。
……
 まあ、この問題はユーザにとっては本当に全くもってどうでもいい話である。寧ろ、「社会規範」的に活動する人間が淘汰されれば、同人のフィールドで手に入る作品の質は上がるので、好都合かもしれない。買いもしない、買う気も起きない、名前も知らない作家がスペース取っているだけ邪魔でしょうし。
 既にそれが本来の同人の意味合いを失っているものであることは間違いないが、時代を経て変わっていくものなんていくらでもある。
 同人の「市場規範」化も時代の流れだというのならしょうがない。
 「市場規範」に飲まれて消えていく作家の存在が、その人の作品を買った誰かの心の片隅にあるなら、それは作家冥利に尽きる事だろう。
 筆者も、そう在りたいと思っている。



参考文献
・予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
Dan Ariely (原著), 熊谷 淳子 (翻訳)
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レズセックスはセックスなのか?

最近、百合というジャンルが市民権を得てきた気がする。百合を扱った漫画は着実に増えているし、それらがアニメや映画に発展する事もある。大型書店では百合作品のコーナーが出来ている。百合展なる展覧会も紆余曲折を経て開催されている。
確実に、以前よりも百合というジャンルに属する作品を目にする機会が増えているだろう。百合の愛好家として、とても嬉しいものがある。

そんな市民権を得た百合に関して、少し思うところがある。それはタイトルにもある通り、「レズセックスはセックスなのか?」という問いだ。

何云ってんだ?

ここでのセックスは「人間的本能(性欲)に基づいた性行為」と定義する。
ところで、どこかで聞いた話なのだが、オタクが二次元のキャラクタを愛でるのは性欲から来るものらしい。虚勢すると、二次元のキャラクタに興味が無くなるのかな?
性欲って云うのは思ったよりも広い範囲で人の生活に根付いていて、これを排除することはまず不可能だろう。

さて、ここで問題だ。
百合に限らず、同性愛というのは性欲から生じるものなのか?
機能的に子供は出来ない。セックスは出来ない。出来たとしても、それは形式的なもの。子供を作ることをセックスの意味とするならば、その行為に意味は無いだろう。
確かに、パートナーとのコミュニケーションとしてのセックスは有ると思うんですよ。でも、それって結局は人間の根底にある欲求、性欲から生じてるものなんじゃ無いのかな。その辺は人の主観でしか計れない以上、分からないけれど。


少々昔話を。

筆者の後輩にバイセクシャルの男が居た。素行はあまり良くなかったが、高身長でイケメンだ。そんな彼が、きっかけは覚えていないけれど、自分がバイであることを話してくれた。特に驚かなかったと思う。驚く程に自然に受け入れられた。
彼は、性同一性障害の“彼女“が居るんだと写真を見せてくれた。(“彼女“は体が男性のもので、心は女性ようだった)
更に、彼は彼氏が欲しいとも云っていた。元気だなって思った。
筆者はヘテロセクシャルなのでよく分からないのだが、彼氏が欲しい季節と彼女が欲しい季節が有るらしい。興味深いメンタリティだが、ここではその話を割愛する。
「その子、好きなんだ」と月並みな、質問であるかも怪しい問いを投げると、彼は晴れやかな顔で「はい」と云った事を今でも覚えている。


その時、綺麗だなと感じた。何が綺麗なのか、その時は全く分からなかったのだが、確かにそう感じた。
今思うと、彼の「好き」が人間の本能的な部分に基づかない「好き」だから、綺麗と感じたのではないだろうか。人間的な機能とは関係の無い、心から生じた、純粋な「好き」がそこには有ると思う。


閑話休題。

彼の例を挙げて云いたかった事は、同性愛は人間的本能では無く、心から生じたものであるように感じられるという事。
彼らは、恋愛において、人間であるという拘束条件に縛られないのだ。自分の恋愛感情は、自分自身のものだと云い張れるのだ。
それが、少し羨ましく思う。


だらだらと書いたのだが、要するに、レズセックスはヘテロセクシャルにおけるセックスとは違った意味合いを持っていると筆者は考える。
レズセックスはセックスじゃない。無意味だからこそ意味が有る。それを、「尊い」って表現するんじゃないだろうか?


以上、原稿に行き詰まって殴り書きした何かでした。

例大祭が悔しかったってお話

先日の春例大祭にて「メリーの箱庭」という作品を発表しました。陰気なサーカスとして活動を始めてから三作目になります。本記事はその「メリーの箱庭」を執筆するにあたって考えたこと、またイベントの感想等を記したいと思っております。


先ず、例大祭当日のお話から。
売り子をお願いしていた俺とお前とアルコールの己くんに手伝って貰って、設営したり実際に売ったり。
そんな中で悔しかった事が有りました。
まぁ、とても単純な話で、僕の本はそんなに売れなかった。実際、知名度の面でも実績の面でも実力相応の売れ方と云われればそれまでかと思います。でも、僕はとてもショックでした。
今回の作品は会心の出来でした。初めて売りたいと思えるレベルの作品になったと思います。だから、折角だから、多くの人に読んで欲しかったんですよね。
今まで、売れるか売れないかなんてどうでも良くて、読んでくれた人が面白いって思ってくれればそれで良いってスタンスでした。しかし、今回は確かに売れて欲しいって思いがあったみたいです。自分でも、自分の心境の変化に戸惑いを覚えました。売れて欲しいと思うことは女々しいことだと思っていたからです。自分の中に、そういった女々しい部分が有ることが許せず、素直になれませんでした。
イベントが終わったあと、正直倒れそうなくらいショックでした。暫く自暴自棄になりました。弱い部分を自ら自分に突きつけているような感覚でした。
あとから考えると、あれは悔しかったんだと気付きました。僕は、自分の本が売れなくて悔しかったんだと。
少し日を置いて、距離を置いて、ようやく気づくことが出来ました。

自分の中の感情を再度整理すると、その心境の変化は決して悪いものでは無いように思われます。自分の作品を売りたいと思うこと、良い作品が売れて欲しいと思うこと、悔しいと思ったこと、これらをバネに、陰気なサーカスとして活動をしていきたいと思いました。

以上が例大祭当日のお話です。以下、メリーの箱庭のあとがきの補足等々。少しネタバレするかも知れません。


今までの三作品はいずれも「心とは?自分とは?」というテーマのもとで、秘封倶楽部の二人、蓮子とメリーの関係を描いたものです。今作では秘封倶楽部の始まりと終わりにフィーチャーして、監禁という味付けをしながらこのテーマに向き合っています。

作品を書き進めていくうちに、ある問題にぶち当たりました。「百合とは?」という問題です。
広義に百合とは「女性同士の恋愛、あるいはそれに近い親密な関係」の事を指すそうです。成る程ね。
しかし、言葉では分かっていても、それを上手に文章に起こすことが難しいのです。筆者は男です。女性的な感性で女性を見つめ、恋や愛といった感情を想像するのが極めて難しい。「百合、かくあれかし」というテンプレートがあれば良いのですが、当然そんなものはありません。それに、どんな百合でも好きかと問われると、全くそんな事は無かったんですね。例えば、少し前にアニメ化されていたcitrusは百合作品ですが、あまりピンと来ませんでした。

私が始めにしたことは資料探しです。自分が好きな百合とは何なのか、今一度問い直す為、様々な百合作品に触れ、私が佳いと感じるものには一体どのような共通点が有るのかを探りました。
色々と探る中で、琴線に触れたものは3作品程。「加瀬さんシリーズ」「やがて君になる」「ヒメゴト~十九歳の制服~」。
「加瀬さんシリーズ」はピュアで真っ直ぐな百合。受け攻めがはっきりしていて、受けの女の子の可愛らしさと、攻めの女の子の言動の格好良さが魅力的です。
「やがて君になる」は面倒くさい百合。情景描写や表情の変化が素敵で、モヤモヤすると同時に先が気になるような作品です。
「ヒメゴト~十九歳の制服~」は百合作品ではありませんが、百合っぽい表現があるので参考にしました。倒錯的でドロドロした女性的な心理描写が心を深く抉ります。

この3つの共通点?

無いんですね。統一的な方向性が有るわけではなく、好きだから好きって感じ。困り果てました。結局自分がどんな百合が書きたいのか分からない。

1ヶ月くらい書いては消して書いては消してを繰り返し、色々と思い悩みました。
最終的には、まぁ……読んでみて下さい。これがベストかは分かりませんが、これが好きと自信を持って云えます。そんな純粋な百合、純愛が好きな人に読んで貰いたいなってお話。

それとこの作品、電子版を作ろうかと思っています。販売元はDLsiteかboothか分かりませんが、いつか出します。良かったらそちらで読んでみて下さいな。

コスプレAVのすゝめ


・はじめに
「コスプレAV?普通のAVで良くない?」って云う人は結構居ます。コスプレAVを避ける理由としては、そもそもコスプレの良さが分からない、コスプレしているキャラを知らない、色んなものが有るでしょう。しかし、最大の理由は女優がブサイクだからでしょう。
ブスじゃシコれない?
いやいや。そんなんじゃ生きていけませんよ。
でもご安心下さい。私がコスプレAVの楽しみ方を伝授いたします。AVに興味がない人も、コスプレに興味がない人も、みんなコスプレAVを楽しめるようになります。今日からあなたもコスプレAVソムリエの仲間です。


・女優がそこそこ可愛い場合
この場合、素材が良いので特に策を講じずとも利用できるはずなので、大した問題は無いでしょう。しかし、このパターンはごく少数です。コスプレAVに出演している女優はだいたいあまり可愛くありません。適応の範囲が狭い上、必要性も薄いです。より楽しむ方法として読んでいただけたら幸いです。

1.背景を考える
ヤンデレキャラを愛でる感覚に近いでしょう。そのキャラが病む過程、そのバックボーンを考えるような感覚を持ってください。
こんな可愛い女の子がどうしてAVに出ているのか、考えてみましょう。コスプレイヤーというのはおおよそ自分が大好きな方々です。承認欲求を満たしたい余りに道を踏み外し、AVに出演するまでに至ったその壊れた感性を愛でましょう。

2.メンヘラの香りを探す
主に見るのは手首です。リスカ痕を探しましょう。あとは目の下なんかも注意深く見ると良いでしょう。多くの場合濃い化粧で隠れていますが、時々目の隈が見える事があります。きっと抗鬱剤や睡眠導入剤が手放せず、夜もちゃんと寝られていないんでしょう。見えない何かに怯える、その様子を想像してみて下さい。庇護欲をそそりませんか?その様子を映像の中の女優を重ねてみましょう。きっと、より魅力的に見えるはずです。


・女優が可愛くない場合
お待たせいたしました。「女優が可愛くない」の一言でそのAVを投げて欲しくないのです。人生のコンマ数パーセントでも損をするのはもったいない。ブサイクな娘のコスプレAVが楽しめれば、人生は(目に見えない誤差かも知れませんが)きっと楽しくなりますよ。

1.先ずは目をみる
顔や身体をぼんやりと見つめるのではなく、しっかりと女優の瞳を見つめます。俯瞰シーンではどうしようもありませんが、主観シーンでは意識的にやってみて下さい。目がブスってあんまり無いんですよ。じいと見つめていると、次第に親近感を覚えることでしょう。先ずはその女優への心の壁を無くす事です。

2.良いところを探す
ブスでも女の子は女の子です。世の中の見目麗しくない女性でも結婚している方はいっぱい居ますよね。それは、何かしら魅力があるからなのです。爪先から頭のてっぺんまで全部ブスって事は無いんです。
声が可愛い、笑顔がチャーミング、髪が綺麗、肌が綺麗、手が、お尻が、乳首が、性器が、どこでも良いのです。一つ、何か良い所を見つけて下さい。見つけたら、そこと瞳を重点的に見ます。
ブサイクな部分はあまり見ないようにして下さい。どうしても人は悪い所ばかり見てしまう生き物です。しかし、それでは真実は見えません。真実はいつも、目を凝らして注意深く観察しなくては見えないものです。

3.好きなシーンを探す
念入りに上記の1、2行程行ったあなたは、既にブサイクな女優が少しずつブサイクに見えなくなっているはずです。「この娘だったら頼まれれば普通に抱けるな」というラインまで来たらOKです。
女優の動きを注意深く観察しましょう。時折、ハッとするような可愛らしい表情や仕草が見えてくるはずです。恥ずかしそうに目を逸らす様子や、顔を赤らめる様子が不思議と愛おしく思えるでしょう。

4.コスプレしているキャラと重ねる
コスプレしている対象のキャラは基本的に美少女かと思います。ブサイクなキャラのコスプレはあんまり見ません。あのアニメの、ゲームの美少女は、三次元になるとこんな風になってしまうのです。悲しいですか?
いえ、悲しむ必要はありません。
あの手の届かない所にいたあの美少女が、こんなに現実的で、少し手を伸ばせば届くところまで来たのです。むしろ喜ぶべきでしょう。
手が届きそうな親近感、これが大切です。コスプレをしているその娘は決して遠い存在では無いと思うこと。これが、ぐっとAVへの没入感を高めてくれます。

5.繰り返し自己暗示をかける
上記の行程を念入りに行うことで、あなたは既にブサイクな女優が「ブサイクだけど可愛い女優」に見えるようになります。大丈夫、全然イケる。寧ろ普通に付き合いたい。そこまで来たら勝利は目前です。
ここで注意すべきなのが、「でもやっぱりブサイクじゃない?」と我に帰ってしまう事です。こうなってしまったら全ては水の泡。百年の恋も一時に冷める。決して正気になってはいけません。正常な判断力を捨てるのです。可愛いと思うこと、信じる事、これを続けて下さい。

6.気に入ったシーンでフィニッシュ

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以上です。お疲れさまでした。























warning!!

以下の内容は上記のコスプレAVを楽しむ方法の効果を下げる可能性があります。読む場合は自己責任で。












コスプレAVに出演しているのは大体AV女優です。その辺の素人コスプレイヤーを引っ張ってきてってパターンは殆ど無いでしょう。素人っぽく見えるのも、基本的には演技であったり、撮影機材のチープさに起因します。残念ながら、コスプレAVに出演しているのはコスプレイヤーではありません。結局AVってのはフィクションです。
それを踏まえた上で、コスプレAVでキメるかキメないかはあなた次第です。演技でも良い、リアルじゃなくても良い、そう思える人達だけが楽しめる娯楽なのかも知れませんね。
我に返って後日もう一回そのAVを観ると思うんですよね。「え、めっちゃブスじゃん」って。
そういうときは、笑って用意したティッシュで涙を拭きましょう。


よきコスプレAVライフを!

東方アレンジを聴こう

東方アレンジって新しいのを開拓するのが難しい。コミケのカタログが新地開拓に有用らしいですよ。
比較的マイナな所から個人的にオススメなサークルをいくつか紹介いたします。
でもこの記事って喧嘩売ってるよね。サークル側から見たら、お前のサークルマイナ!って云われてるようなもののような……。違うんだよ。大好きなサークルだから、一人でも多くの人に知って欲しいんだよ。
折角この記事を見てくれた人、一つくらい「あ、このサークル良いな」って思ってくれたら嬉しいです。



・東方事変

2014年末あたりに1stアルバムを発表している比較的新しいサークル。Iznaのvocalが色っぽく、楽曲にも雰囲気が有る。
初期のアルバムでは名前の通り東京事変を意識しているのか歌い方も椎名林檎に寄せたりしてたけど、最近ではどんどん新しい事を取り入れて進化していると思う。
1stから非常に安定したクオリティの作品をリリースし続けており、安心して手に取れる。Iznaの声が好きなら間違いなく買い。


・yonder voice

2010年あたりから活動している中国のサークル。グローバル東方。
特徴はどこか異国情緒を感じるメロディとvocalの瑶山百霊の透き通る声。曲に清涼感が有って耳に心地良い。東方ボーカルアレンジ界の美味しい水って感じ。
素直に綺麗だなって感じる曲を作るサークルなので、FELTとか好きな人にはオススメ。


・錯乱のオルフェ

2013年あたりから活動しているサークル。ロックド真ん中のサウンドと、暗い世界観、悲劇的な歌詞が突き刺さる。
2017年あたりからメジャーバンドでも悲恋を歌った鬱鬱とした歌詞が流行っているので、世相に合っている。正に今聞きたいバンド。
ハマる人はドハマりするサウンドなので、一度聴いてみてはどうでしょう。


・minimum electric design

2009年あたりから活動してるらしい。僕も最近知った。説明不要なお洒落サウンド。minekoのvocalに透明感が有り非常に聴きやすい。
ベースラインが好みで、個人的にイチオシなサークル。2016、2017年に連続して秘封楽曲のアレンジを手がけており、いずれも傑作。
とにかくお洒落なので、一度聴いたら最後、気付いたときにはn回聴いているハズ。

・aftergrow

2008年くらいからニコニコ動画にアレンジを投稿してる平茸の個人サークル。最近でははちみつれもんと組んでtouhou six stringシリーズなどを出している。
僕が如何に平茸が好きかって話は置いといて、「嗚呼、これがエモいって事なんだな」って理解させられたサークル。東方音楽のアレンジャーの中で一番好きです。
ポストロックに分類されるだろう複雑でエモーショナルなサウンドが特徴的。
聴いて、エモいから。

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Author:clown
動物も居なければ、トランポリンもブランコも無い、道化師1人の演目を御覧あれ。


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