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陰気なサーカス

えとぶんしょうをかくそんざい

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MUSICUS!感想~この、くそったれな世界に、精一杯の愛をこめて~

半はネタバレを含まない全体的な感想。後半はネタバレを含みつつ、瀬戸口廉也氏の過去作の話を交えてアレコレ述べる。


CLANNADは人生って言葉がある。これは痛い発言扱いされているのだけど、筆者はそんなに間違ってないと思っている。
多くの恋愛ADVは、人生のごく一部にスポットを当てて描写されている。たとえば学園生活とか、社内恋愛とか。でもCLANNADは、学園生活から始まり、結婚し、子供ができて、主人公は父親になる。要するに、描写されている期間が長い。だから、他の恋愛ADVと比較すれば、人生を描いているって云ってもいいだろう。

MUSICUS!は人生を描いている。
作品全体として、人生観を問うような作りになっているし、主人公の心情を追うことで、自然に彼の人生を追体験することができる。

推奨クリア順は
弥子→めぐる→no title→三日月

推奨というか、おそらくこの順でやることが想定されているんだろうなって思った。

瀬戸口氏の書くキャラの面白いところは、それぞれのキャラにちゃんと人生があるところだろう。キャラは単なる舞台装置に留まらず、その思想や言動にはちゃんと背景が存在している。だから、フィクションである物語にリアリティが感じられる。それはきっと瀬戸口氏自身の人生経験であったり、他者への観察眼のなせる技で、心の底から尊敬しているし、畏怖している部分もある。

とにかく、キャラが生き生きとしている。どのキャラにも一定の理解が出来るし、愛せるキャラもたくさんいる。当然不快はキャラもいるけれど、その不快さにもきちんと理由があるのが素敵だと思う。


全体の感想は以上でおわり。






























以下、ネタバレを含む雑記。


不快さにも理由があると云ったけれど、香織とかいうクソ女は本気で殴り飛ばしたくなった。それを許してしまう主人公にもイライラしたし、本当に彼女まわりの話が不愉快だった。
でも同時に、主人公の異常さを表現するにはこれ以上になく効果的な描写であったとも思う。

主人公、対馬馨は異常者である。
sawn songの尼子司や、死体泥棒の塩津功平に連なる、無感情系精神異常者の系譜。作中でも血の通わないロボット扱いを度々受けているけれど、その通りで、本当にどこまでが本心なのかが分からなくなる瞬間がある。人間のふりの上手い、人間でない何かじゃないだろうか……?
でも、彼の視点で語られると「確かにそうかもしれないなぁ」なんて思えてくる瞬間もあって、その辺が瀬戸口氏の上手さであり、人間の真似が上手いってことだ。

・弥子√
弥子は可愛い(可愛い)。
学園モノ恋愛ADVを瀬戸口スパイスを足した、王道な作りだった。王道を王道のままに為しているから、ありきたりと云ってしまえばそうかも知れないけれど、やっぱり面白いからこそ王道なわけですよ。

・めぐる√
My favorite heroine、めぐるさん。
弥子√が学生の恋愛なら、めぐる√は大人の恋愛。老いて呆けてしまう恩師は、祖母や祖父、両親と置き換えれば、極めて身近で、誰もが向き合わなくてはいけない問題だろう。自分自身の事ではなくて、周りの人間の事を考えなくてはいけないという点で、アダルトな√といえる。
筆者がめぐるさんが好きだから、割と好きな√だったけど、客観的に考えると、地味めなお話かも知れない。

・no title
澄√とか、単純にBAD ENDとか呼ばれているけれど、何者にもなれなくて、誰も愛せなかった、名状し難い√ということで、エンディングテーマにちなんでno titleと呼ぼうかなと。
主人公が花井是清に追いついてしまう√なのかも知れない。分からないけど。とにかく、主人公は音楽に、ロックに殺される。それも花井さんが自殺したのと同じ年齢になった時に。素敵な皮肉だと思う。
凄惨で、本当に何の救いもない純粋なBAD END。過去の瀬戸口氏の作品を読んできた人なら、三日月を云い含めるシーンや、宗教にハマる彼女とか、風俗嬢の彼女とか、一人泥沼に沈んでいく主人公とか、「あぁ、これは間違いなく瀬戸口廉也が書いたんだな」って思える描写がふんだんに盛り込まれている。堪らないな。
全ての√で好きだけど、この√の金田は特に好き。

・三日月
最後まであんまり好きになれなくてごめんね、三日月。
TRUE END。これで瀬戸口ロックンロールが終わってしまうと思うと感慨深いなぁとか、プレイ中は全く思わなかった。直前にプレイしたno titleの絶望感から逃れたいという一心で、救いを求めるようにプレイしていた。
三日月の心が荒んでいったり、アシッドアタックを食らったり、「救いはないのかよ!」って叫びたかった。
でもね、全部スタジェネが持って行ったよ。キラ☆キラをプレイしていると、より一層感慨深いと思う。キラ☆キラはスタジェネの演奏から始まった。そして、MUSICUS!の終わりもスタジェネの演奏で締めくくられる。八木原さんが格好良すぎるんだよなぁ……。ライブが始まる前、花井さんの声が聞こえてきた瞬間、主人公と一緒にぼろぼろ泣いた。ズルいじゃない、あの演出。
キラ☆キラを自虐したり、椎野きらりの名前が出てきたり、行ったことのあるライブハウスが出てきたりと、プレイしていて「おおっ」って思うシーンが多かった気がする。
ラストもすっきりまとまっていて、爽やかな読後感だった。プレイして、本当によかったと思えた。

総括するとMUSICUS!は、「いきます」から始まる人生だった。
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これだけは押さえておけ、東方アレンジ・アルバム 2019 ~菫の花言葉は「愛」~

毎年、書いてはお蔵入りにしている音楽紹介記事。たまには公開してみようと思った。
ここに乗っけているのは、当たり前だが筆者のお気に入りで、いち押しのアルバムだ。知っている人は「ほほう」と云いながら読み流してくれて構わないし、知らなかった人も「へぇ」と云いながらスルーしてくれて構わない。でも、イベントで、同人ショップで、「そういえば、誰かが紹介してたぞ」と、少しでも気になったのなら、是非とも手に取って欲しい。この記事が、そんなきっかけになれたらと願ってやまない。




1.ヒミツナグモノ&カタリツグモノ
サークル:TUMENECO
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公式HP ヒミツナグモノ:http://tumeneco.shoyu-sound.jp/himitsunagumono/
      カタリツグモノ:http://tumeneco.shoyu-sound.jp/kataritsugumono/

秘封曲のアレンジ一筋でお馴染み、TUMENECOのベスト盤。星を廻せ月より速くをはじめとした、彼らの代表曲が詰まっている。そして何より、タイトルにもなっているヒミツナグモノとカタリツグモノが佳い。菫子から蓮子とメリーへのメッセージであるヒミツナグモノ、それにこたえる形であるカタリツグモノという構図が、非常にファンタジックで素敵。どちらもアルバム書き下ろしで、新規の収録になっているから、一通りアルバムを揃えている人も必見ですよ。
秘封が好きなら間違いなく買い。また、興味があるんだけど、どっから手を出したいいのか分からないという秘封初学者にも、強くおすすめできる。布教にも使える。


2.Touhou Six String Best Collection
サークル:はちみつれもん
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公式HP:https://hlcd0054.tumblr.com/
筆者の愛してやまない、はちみつれもん&Aftergrowのベスト盤。ポストロック、オルタナティブロックのテイストをふんだんに盛り込んだエモーショナルな音づくりが特徴。ベスト盤ということで、過去の名曲はもちろんのこと、新規で二曲が収録されており、そのいずれも傑作。
特に、emptiesはあざとい程にエモいコードを突っ込みながらも極めて高い完成度を誇る、ここ数年で最も優れた東方アレンジであると信じている。須臾はプランクを超えてという比較的珍しい原曲のアレンジである点も面白い。
秘封曲が中心に収録されているが、少女綺想曲なども入っている。平成最後の怪物。とにかくお洒落なアルバム。頼む、買ってくれ。


3.TRAIL III
サークル:minimum electric design
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公式HP:http://miniele.web.fc2.com/tokusetsu/ALMR039-040/

ポストロック調の爽やかなサウンドが特徴のminimum electric design、10周年記念ベスト盤。もしもライブをやるなら、という設定のもとで収録曲が構成されており、サークルのカラーがばっちり現れている名盤だ。歌詞が非常に詩的、哲学的で面白いので、その辺りにも注目して欲しい。
これも秘封曲中心だが、UNオーエン、フォーフ・オブ・フォールなど人気曲(?)も収録されている。歌詞カードも併せて見たい、非常に味わい深いアルバムだ。


4.屠
サークル:凋叶棕
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公式HP:http://www.rd-sounds.com/C86_hh.html
歌詞カードへのこだわりといったら右に出るものはいない、面倒くさいファンが多そうでお馴染みの凋叶棕のアルバム。
ここまで紹介したものと違って、これはベスト盤ではない。そして凋叶棕といえば、東方アレンジ界隈でもトップクラスに多作なサークルだ。
では何故、数ある凋叶棕のアルバムの中で、あえて屠なのか。
それは最も凋叶棕らしさが出ている、と考えたからである。多分、このアルバムが好きな人は凋叶棕が好きになれるとだろうし、琴線に触れないのであれば好きになれないと思う。アルバム全体としての完成度が非常に高く、サークルのカラーが強く現れている。暗黒のフレーバーに満ちている、RDクレペリン検査。
凋叶棕の名前は聞いたことあるけど……という人は、ここからはじめてみてはどうだろうか。


5.シンクロ
サークル:森羅万象
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公式HP:http://shinra-bansho.sakura.ne.jp/synchro/

アップテンポで明るく可愛らしい曲が多い、でもそれだけじゃない。森羅万象の引き出しの多さの伺える傑作アルバム。
有頂天ドリーマーズでテンションをぶち上げて、純潔のアルメリアで凹もう。有頂天ドリーマーズはJOYSOUNDで、PV付きで歌えるぞ。
森羅万象スターターセット。とりあえずここからはじめよう。おそらく、一番とっつきやすいアルバムだと思う。


6.MOD
サークル:岸田教団&THE明星ロケッツ
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公式HP:https://kisidakyoudan.com/2019natsu.html

メジャアーティストとしても活躍中の岸田教団&THE明星ロケッツの最新アルバム(2019年12月現在)。
「全く違っていたりあんまり変わらなかったりします。」というキャプションが添えられているが、全く変わらない、ブレない、相変わらずの岸田教団だ。ど真ん中なロックンロール、ダークな世界観、最of高。曲のラインナップも非常に強力で、進化し続ける彼らを体現する一枚。

冬だから、電気サーカスを読もう

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 季節感というものは大切だ。真夏に熱い鍋を食べようとは思わないだろうし、真冬にビアガーデンには行かないだろう。やっぱりサマーウォーズは夏に観たいし、white album2は冬にプレイしたい。その方が、作品を流れる空気をイメージし易いから。作品には触れるのに適切な時期というものがあるんだと思う。旬と云い換えてもいい。
 この記事で紹介する「電気サーカス」は、この秋から冬にかけての時期にぴったりな小説だ。でも、暖房の利いた部屋や、優雅に熱い珈琲を片手にこの小説を読むのは適切じゃない。薄暗い、寒い部屋の隅っこで、息を潜めて読むのが相応しいだろう。

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タイトル:電気サーカス
著者:唐辺葉介
2013/11/21初版

 本作品のジャンルは、何とも名状しがたい。私小説形式のフィクションという点では、現代版の人間失格みたいな感じだろうか。
 時代背景は、インターネット黎明期。1990~2000年、テキストサイトが流行った頃。電話回線を使ってネットに繋いでいた時代。上手くイメージできないなら、テキストサイトを、ブログやSNSと読み替えると身近に感じられると思う。主人公はこのテキストサイトを通じて、ネットの向こうの人々と交流する。いわゆる、オフ会に参加することをきっかけに、物語は動き出す。
 ポイントは、登場人物が全員クズであるというところ。主人公も、主人公の父親も、友人も、隣人も、彼女も、出てくる奴らは全員クズだ。ここでのクズという言葉には、一切の侮蔑的なニュアンスを含んでいない。客観的に考えて、人間として破滅している、人間失格という意味だ。
 このクズさが、刺さる人には刺さる。自分の中に、こういう心の弱さとか醜さがあると思えるのなら、きっと面白いくらいキャラに共感が持てるだろう。でも、愛着が得られるかはまた別の話。この作品に出てくる登場人物が好きになれるかは分からないけれど。
 この作品に救いはない。読んで、前向きな気持ちになんて全くならないだろう。反面教師として、自分はこうはならないようにしよう、と思うくらいだろうか。読み終えて、虚無感から溜め息が出る感じ。
 それが、この時期には相応しい。
 人間はこの時期、憂鬱になるという傾向があるらしい。その傾向は本能的なもので、避けることはできない。そんな憂鬱な時に、アッパーな話はそぐわないだろう。それは、鬱病患者に24時間応援歌を聴かせ続ける拷問みたいなものだ。
 つまり筆者が云いたいのは、憂鬱なら鬱に沈み込もうという話。多くの場合、心の流れに素直に従った方が、抵抗が少なくて、穏やかでいられる。

 電気サーカスはWeb上で有料公開されている(2019年11月現在)。一週間の無料購読期間を利用すれば、ただで読むこともできる。しかしながら、全て読もうと思うと、書籍にして500頁弱あるので、ネット上で追うのは少し面倒かもしれない。その時は、Amazon Kindle版が1500円程度で売っているから、そちらがおすすめ。

 秋の夜長のお供に電気サーカス、おすすめです。是非。


閑話

 この本に出合ったのは、2013年の冬。時期的には、丁度今くらいだった。筆者は唐辺葉介=瀬戸口廉也の熱烈なファンであったから、迷わず購入した。たしか、その日のうちに読んだと思う。そして、うわぁーってなった。
 電気サーカスは、瀬戸口氏の作品の中では、割と普通だ。彼の書く物語に出てくる父親はだいたいクズだし、恋人に酷いフラれ方をするのもいつも通り。なのにどうしてか、酷く生々しく感じられて、麻酔に掛けられたみたいに、しばらくぼうとしていたのを覚えている。多分そこが、この本の巧さなんだと思う。
 淡々と語られる主人公の一人称視点をずっと追っている内に、彼の身の回りで起こったことを追体験させられているような、そんな気持ちになった。人生が感じられる作品と云うと、少し大げさだろうか。
 筆者はこの小説を、何十回も読み直していると思うけれど、それでもまだ飽きない。読むときの気分によって、ある時は喜劇に、ある時は悲劇に、その時々によって違う感じに思える。心から大好きだといえる作品の一つだ。サークル名も、ここから借りていたりいなかったり。

夢現Re:Masterの感想メモ


 ネタバレを含むよ。気を付けて。


・全体を通して
 百合ゲーである以上に、何かを作ったことのある人だったら感じる所が有ると思う。(ゲーム作ってるメーカがゲーム制作をテーマにするって、結構な自虐的な気がするけど)同人小説家として、共感できる部分や勉強になる部分があって、楽しく読み進めることができた。
 百合の部分も、一切男が出てこない上、女同士でも子供のできる設定(婦婦と書いて「ふうふ」と読ませる)もあり、狂気的なくらい徹底している。
 凄く丁寧に作られた百合ゲーってのが、全体としての感想。
 あと、購入のきっかけになった藤ちょこの絵は、やっぱり綺麗。


・なな√
 この√は一般的なADVとは異なる形を取っていて、ヒロインの√がヒロインの視点で進行する。選択肢も出るから、ヒロインが主人公を攻略するって感じかな。それが上手に機能している。
 彼女は本作のヒロインの中で一番「女っぽい」キャラクタだ。計算高くて腹黒くて、でも情に流されてしまう場面もある。そういう心理描写は、彼女の視点だからこそできるものだと思う。ADVだとどうしても主人公の心理描写に終始してしまうからね。
 たとえば、最初に主人公に好意を向けられた時の冷めた感じとか、凄く良いなって。「ななの好き」と「あいの好き」のギャップが少しずつ埋まっていく感じが、ドロドロしてて、面倒くさくて、好き。
 Bad Endの主人公が怖い。白衣性恋愛症候群の頃から思っていたけど、Bad Endが本当にぞっとする。ただ、心の壊れた女の子は大好き。


・マリー√
 少し、掘り下げが足りなかったような気もする。主人公に惹かれた一番の理由は、自分を見つけてくれたから?
 マリーは他√での立ち回りが素敵だし、マリーというキャラクタの魅力が曇る事もないのだけれど、少しだけ残念だったり。


・さき√
 初見ではクールロリババア系のキャラかなって思っていたんだけど、凄く大人で、魅力的なキャラクタだった。ライタって立場が共感できたこともあって、プレイしていく中でどんどん好きになっていった。さき先生大好き。
 このルートでは、三人称的な視点が取られていて、各登場人物にそれなりにスポットが当たる。そしてそれぞれの登場人物が、さきを通して成長していく。
 さきは思慮深さと人間臭さのバランスの良いキャラクタで、頼りになるし、親しみやすくもあるし、憎たらしくもある。そういう魅力を十二分感じられる、王道サクセスストーリィだった。
 でも相変わらず、Bad Endの主人公が怖い。どうしたお前?ってなる。


・こころ√
 途中まで「何じゃ?」って思って読んでた。ファンタジィが過ぎるのでは?って。でも、リ・マスターアップ=Re:Masterとか、姉妹の名前は夢と現とか、タイトルが回収されるに連れて、この作品って夢=フィクションと現=リアルの中間をふわふわと浮かぶ話なんだなって気付いた。だから、最初は首を傾げていたゲームのキャラと魂が入れ替わっているっていう設定も、自然と受け入れて入る自分がいた。そういうドグラ・マグラ的な効果(?)を狙ってるいるのかどうかは分からないけれど、凄く説得力が有るなって。
 こういうふわふわした話って、結構好みが分かれると思うんだけど、僕は好き。
 他の√とは一線を画す、不思議で、素敵な読後感だった。本当に、素敵な大団円。


・雑感
 本当に久々に寝る間を惜しんでゲームをした気がする。それくらい楽しかった。
 ずっと行き詰っていたというか、死んでいた創作意欲が掻き立てられたので、ひと段落したら僕も小説を書こうかなって。

「賢さ」の定義と表現についての考察

0.はじめに

 小説や漫画などのフィクションに限らず、実生活にも通じる話だ。
 誰か (実在する人物でも、フィクションのキャラクタでも) を「賢い」と感じる時、それはその人物のどのような部分に、そう思わせる要素があるのだろうか?
 それを明らかにすることで、創作をするとき、あるいは日常生活の中で賢さを演じたいとき (要するに格好つけたい時) 、役に立つだろう。本記事では、筆者なりに長年考察してきた結果を、少し話してみようと思う。




1.「賢さ」の定義

 賢いと云った時、その意味する所は大別すると二種類に分かれる。
 一つが、「経験、知識が豊富で知恵が富んでいる」という意味。
 もう一つが、「頭の回転が良く、機転が利く」という意味。
 これらには不可分な側面もある。頭の回転が早いというのは、なにも先天的に身についている能力ではない。対象を限定すれば訓練を経ることで身に着けることも可能な素養だろう。経験や知識なしに人一倍のパフォーマンスをする人物は、確かに賢く見える。しかし本質的には、努力によって能力を磨き、人一倍のパフォーマンスをする人間と変わらないとも云える。
 結果だけ見るなら、前者と後者は分かちにくい。しかし、ここでは前提として、このような区分があるとしよう。
 以下の話は、基本的には創作の中での話になる。




2.知恵に由来する「賢さ」

 前者の、「経験、知識が豊富で知恵が富んでいる」という意味の賢さを表現するのはさほど難しくない。キャラクタに博識さを披露させればいい。
 例えば、学校の教科書の隅っこに載っているような他愛もない、けれどあまり他の人が知らないような知識を、あるいはニッチでコアな知識を、平然と語らせる。得意げに語らせてはいけない。あくまでその賢いキャラクタにとっては、その知識が当たり前のものであるように振舞わせる。
 一つ、注意しなくてはいけない事がある。それは、披露する知識のレベルが絶対的に高くなくてはいけないという事。つまり、賢いキャラクタは他の登場人物よりも相対的に賢いのでは不十分という事だ。

 詳しく説明しよう。
 他の登場人物の知識レベルを下げることで相対的に賢さを演出するという手法は、極めて陳腐だ。当たり前の事を、あたかもコペルニクス的転回であるかのように述べ、他の登場人物を驚かせる事で、賢いキャラクタを持ち上げてはならない。賢いキャラクタは絶対的に賢くなくてはいけない。
 賢いキャラクタが披露する知識は、読み手にとっても耳馴染みのない知識であることが望ましい。他の登場人物にとっても、読み手にとっても真新しく、十分に博識であると感じられるものである事が大切だ。そうしなくては、読み手が白けてしまう。

 この表現を用いる際、重要になるのは書き手の教養である。人は自分が考えている以上の事を書くことは出来ないので、書き手よりも賢いキャラクタを描写する事は不可能だ。賢いキャラクタを描写したいのなら、あるいは賢い人物を演じたいのなら、教養を養う必要がある。「賢さ」を陳腐なものにしない為の根拠が必要という事だ。 (当たり前な気もする。)
 この「賢さ」は非常に分かりやすい賢さだ。表現し易いし、理解もされやすい。手軽に賢いキャラクタを描写したいのなら、こちらの賢さを使うことをオススメする。
 これは実生活でも応用できる。自分に対して一定の敬意を払わせたいのなら、賢いキャラクタを演じると良い。例えば、塾講師などをやっている人が対象だ。とりあえず生徒の信頼を勝ち取りたい、あるいは講師としての威厳を誇示したいのなら、生徒に「へぇー」と云わせるような面白い知識を披露すれば良いだろう。




3.機転に由来する「賢さ」

 後者の「頭の回転が良く、機転が利く」という意味の賢さは、表現するのが非常に難しい。書き手が実際に頭の回転が早い、いわゆる天才ならば話は簡単なのだが、多くの場合そうではないし、天才でなくては描写できないなんて結論では、少し寒い。
 当意即妙を文章的に表現しようとしても、上手く表現できない事が多々ある。描写が陳腐になりがちだ。先ほど云った、周りを下げることで賢いキャラクタを上げる表現になってしまいがちなのだ。そうならない為にはどうすればいいのか、筆者なりに考えた手法を幾つか紹介しよう。

(ⅰ) 極論に走る

 極端な観点から物事を眺めてみる。例えば、限界まで効率を追求する観点に立つ。非人間的で、実現不可能と思われるような観点で物事を考えると、普段は思いつかないようなアイデアが得られる事がある。得られたアイデアを改めて合理性と照らし合わせ、論理的に破綻していない事、また十分な説得力を有している事を確認してから、賢いキャラクタに語らせると良い。
 既存の観点で語っていては、凡人の発想の域を抜けることはない。天才でない人間が天才の人間の思考をトレースするのであれば、中途半端な立場ではなく極端な立場に立ってみた方が良いだろう。

(ⅱ) 問答法

 賢いキャラクタは初めから真実、結論に至っているという前提で、対話するキャラクタを真実に導くような立ち回りをさせる。この手法を用いれば、賢いキャラクタの頭の回転の早さを演出すると同時に、問答の中である程度の説得力を持たせる事も可能である。
 これにも注意すべき点がある。それは、論理の破綻だ。
 問答、会話の中で論点がズレてはいけないし (仮にズレたとしても、即座に賢いキャラクタはそれを修正しなくてはいけない)、読み手に取って十分に納得できる論理展開である事が非常に重要となる。少しでも論理に飛躍があって、読み手が首を傾げるような事があってはならないのだ。
 こちらの手法はやや説教臭くなってしまう為、多用する事は推奨しない。ポイントを押さえて、クリティカルな場面で用いることが望ましい。しかしながら、(ⅰ)よりも使い易い手法なので、もしも機転に由来する「賢さ」を演出したいのなら、十分に論理を吟味した上で、こちらを用いると良いだろう。

 実生活で、演じるのは難しい。結論、本当に頭の回転が早くなくてはこの賢さを演出する事は出来ないのだ。多くの人間にとってこれは非常に難しい。大人しく、本物の天才に任せよう。




4.おわりに

 以上はあくまでも、賢くない人間が賢くないなりにどうやって「賢さ」を演出するか、という話だ。本当に賢い人はこんな事を考えなくても構わないのだろう。技術というのは、持たざる人間の為にあると考えている。
 創作をする時、あるいは実生活の中で賢い風を装いたい時、これらの技術が参考になれば幸いである。また、他にもこんな手法があるよ、などといったアドバイスがあるならば、是非とも教えていただきたい。
 

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